ケーショガール 第2話 ①/2
入社のススメ
2010年。この年、冬に行われたオリンピックでは多数の日本人メダリストが排出され日本中が大いに沸いた。また、つい2ヶ月前には鳥の名前を冠した日本製の惑星探査機が宇宙の旅から帰還しこれも多くの日本人の心に勇気をもたらした。
そんな明るい話題が多い8月の始め。
私はと言うと、飲茶の蒸籠の中にいるのではないかと錯覚してしまいそうな程のうだる暑さの中、新宿駅からほど近い群青色の看板が大通りに面して設置された雑居ビルを見上げていた。
専門学校を卒業し私は宝石の卸会社に営業として就職した。
初めての社会人生活はその殆どを出張先で過ごし、休みが月に二回しかない半分ブラックの環境ではあったが奇麗な物に囲まれた仕事はそれなりに充実した生活だった。
それが砂の上の城のように崩れたのは昨年の五月の事だった。
社会人三年目を迎えた私は業績不振によるリストラの対象になった事を突然に言い渡される。
指輪やネックレスと言ったアクセサリーを制作する専門学校を出た私は、宝飾業界以外に通用するスキルや知識などは持っておらず、かといってこの業界の別の企業へ再就職したとしても業界自体の業績が先細りしている為、同じ結果の未来が見えている。
若くキラキラした日々を過ごすはずの私の人生がタイタニック号の如く暗礁に乗り上げてしまったような気分だった。
それから一年近くというもの、たまにスーパーで試食スタッフや倉庫での軽作業などの日払いバイトをやりながら半プータロー生活を送り、20代前半の日々をただ生きる為の作業に消費していた。
そんな私が携帯業界になぜ入ったかと言うと、今年に入り様々な場所で活躍する日本人をテレビで見る事が多くなり、私も新たな場所で自分の可能性に挑戦したくなった為だ。
……というのは面接用の建前でいい加減ちゃんと働かないと実家から追い出されそうになっていた私が姉に薦められるがまま未経験歓迎の文字に飛びついたというのが本当の所だった。
何にせよ採用面接に受かった私は今日から首にスカーフを巻き、客室乗務員さながらの制服に身を包み、笑顔で接客を行う華の携帯ショップ店員になるのだ。
よしっ。小声で気合を入れ、雑居ビルに入る。エレベーター横の階段を上がり二階にある事務所のドアを開ける。
「おはようございます。」
小声で挨拶をしながらそっと事務所に入るとまず声をかけてきたのは浅黒く日焼けした女性だった。
「おはよう。今日からよろしくねぇ。」
笑顔でそう言ったその女性はこの店舗の副店長の一人であり、面接をした高井だ。
「おはよう。今日からがんばりや」
東京である事を一瞬忘れてしまいそうなコテコテの関西弁で挨拶してきたのは今日から私のボスであるこの店の店長酒々井だった。
「おはようございます‼今日からよろしくお願い致します。」
「おうおうそんな固くならんでええで。」
「あ、いやでも…」
「そうそう、最初から気張りすぎはよくないからね。自然体でいこ!私みたいに」
「お前は自然体どころか自然の中に住んでそうやけどな‼わははは」
「は、ははは」
私がノリについていけず苦笑いをしていると
「おはようございま~す」「店長おはよ~」「ちぃーす」と、ぞろぞろとスタッフ達が出社してきた。
「おはようございます‼」
慌てて振り向き、挨拶をしようとすると目の前には髪をグルングルンに巻き、瞬きの度に風が吹くんじゃないかと思うようなまつ毛のギャルや、高井に負けないくらい黒い肌のギャル。
私はキャバクラに就職してしまったのかと思う程派手な女の子達が立っていた。
「へぇあなたが今日から入ってきた新人さん?」
ギャルたちの後ろから声を掛けてきた女性はやはりギャルだったが、ストレートの黒髪にバッチリと決めたメイク。肩が出た露出度の高い服を着ていても、雰囲気から他のギャル達よりも偉い立場である事がわかる。
「私、営業窓口の副店長の高橋玲子よ。よろしくね」「こ、古寺ですよろしくお願いします」
すると私の挨拶をかき消すように後ろから
「私、池内ふみ。古寺ちゃんだから…デラコだね‼よろしくデラコっ」
「デラコ…よ、よろしくお願いします」
「ちょっとデラコ固いな~」
「ふみ先輩って呼んでね」
髪がグルングルンのギャルがそういうと
「あたしは三吉わかば。よろ~。てか、ふみさんデラコってイイっスねぇ~。デラコよろ~」
と、もう一人の色黒のギャルが見た目通りの高いテンションで挨拶をしてきた。
「ほーら、あんたも達もまだ入って半年とか一年なんだから私から見たらペーペーよ。先輩風吹かさないの」
「「はいはぁ~い」」
3人がコントの様なやり取りをしているとさらに後ろから
「早く行けよー、タイムカード押せなくて遅刻するー」
と続々と他のスタッフ達が出勤して来ていた。
「やっば!遅刻する!早く着替えなきゃ‼行くよデラコ‼」
三吉に促され更衣室へ案内されると高橋がキビキビと説明を始めた。
「ここが古寺ちゃんのロッカーね。ダイヤル式のロックが掛けられるから番号決めてロックして。いい?絶対ロックかけるのよ。」
「わ、わかりました」
「で、これが制服。5号でよかったのよね?」
「はい。ありがとうございます。」
制服を手に取ると本当にこれから携帯ショップで働くのだと実感した。
有名なデザイナーがデザインしたこの制服は一部のマニアには人気があるらしく、オークションサイトで高値で出回るほどだ。
そんな制服をぎゅっと抱きしめバリバリと働く妄想にふけっていると
「ほら、古寺ちゃんぼーっとしてないで。早く着替えないと朝礼に遅れるわよ」
高橋が現実の世界に強引に引き戻した。
「えーっと髪型だけど……」
続く
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