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ますく堂 映画放談『埼玉の植民地・池袋の片隅で「翔んで埼玉」を語る』(冒頭部を抜粋)

古書ますく堂史上、屈指の名作?    
最強の埼玉礼賛映画「翔んで埼玉」


益岡 映画「翔んで埼玉」は魔夜峰央先生が一九八三年に発表した未完のコミックを大胆に脚色した娯楽大作です。
大都会・東京が貴ばれる一方で、埼玉県が必要以上に忌むべきド田舎として扱われている架空の日本を舞台に、埼玉県民であることを隠しながら東京の名門校に通い、埼玉の地位向上を目指す若き革命家・麻実麗と、生徒会長で埼玉弾圧の急先鋒であったはずが麗の魅力の虜になり、その身を捧げんと決意する美少年・壇ノ浦百美が織りなす大河BLロマンスギャグ活劇が描かれる予定であった「翔んで埼玉」は、そのドラマが始まらんとする手前あたりで、作者が当時の居住地であった所沢から引っ越してしまったが故に未完のまま放置されることとなりました。
それが実に三十年を経て、過激な埼玉ディスりが話題となり宝島社から復刊されて大ヒット。映画化へと繋がりました。
今回の企画は、ますく堂さまが是非に、と(笑)
ますく堂 この「なまけもの叢書」は基本的にはマニアックなものを取り上げる本だと思っているので、ここまで流行っているものを時流に乗って扱うというのはどうかとも思ったんだけど、まず、設定が面白いし、原作を読んではまって、映画を観て、さらにすごくはまってしまいました。
個人的には映画のオールタイムベストスリーに加えたいくらい。
萬澄 えぇっ!
ますく堂 いや、私が映画をあまり観ないというのもあるし、古今東西の名作、みたいなカテゴリーに入るとは思わないよ(笑)
でも、最初から最後までだれずに、とにかく終始面白かったし、何度観てもきっと楽しい映画だと思う。こういう映画は大事だな、と思います。
萬澄 いや、いい映画ですよ。私も70点以上はつけてもいいと思いました。
ますく堂 低っ!(笑)
益岡 いやいや、このひとにしては相当高いですよ(笑)
萬澄 わたしはめったに50点以上つけません。
益岡 別の企画で観たジャニー喜多川総監修の「少年たち」は23点でしたっけ?
萬澄 そうですよ。でも、あの作品は立派な作品です。
益岡 そう。そういう作品もありますよね。ひとつの物差しでは測れないけれど、偉大な作品というものはあります。こちらの座談会については、来年の春ごろ、『ますく堂なまけもの叢書⑦インフラとしてのジャニーズ 令和のはじめに「少年たち」を語る』として刊行予定ですので楽しみにしていただきたいと思います。
実は僕は、この映画を取り上げることにはあまり乗り気じゃなかったんです。なんとなく、埼玉ネタを終始、「笑えよ」といって突きつけてくるような、カルトギャグ映画になるんじゃないかとなめてかかっていた。
だからあまり期待しないで観たんですが……娯楽映画として本当に良くできている。麻美麗役のGACKTさんのあたたかさに触れて恋に落ちる、二階堂ふみ演じる百美ちゃんの恋心がとても切なく描かれていて……まさか笑わされる前に泣かされるとは思っておりませんでした。
一同 (笑)
益岡 BL史の観点から見ても、ここまでバランスよく大作映画として送り込まれた作品は過去、存在しなかったんじゃないでしょうか。
美夜日 ここまでやってくれるとは思わなかった。棚から牡丹餅的な感動がありました。
益岡 しかも大ヒットのロングラン上映。封切は二月なので、もう五か月目ということになりますが、まだ上映中です。僕はゴールデンウィークに観たんですが、朝一番の初回、二回目とも満席状態。もちろん、埼玉の川口という土地柄もあると思いますが、若者からカップル、家族連れからお年寄りまで、老若男女が集まってGACKTと二階堂ふみのBLロマンスに熱狂するという異常事態に胸が躍りました(笑)
この埼玉ディスリスペクト映画にして埼玉礼賛映画を今回は思う存分、語って行こうと思うのですが、今回の座談会をまとめた本は、いつもとはちょっと違う形で刊行したいと思っております。
古書ますく堂と、この冊子の発行人は、毎年、「川口ブックマーケット」というイベントに参加しています。素人さんが中心になって一日古本屋をやるという、全国で精力的に開催されているイベントのひとつで、要は古本フリマなんですが、我が家の古本販売部門〈神崎屋紫堂〉は基本、地元で開かれるこの古本フリマにしか出店しないんです。第一回目から参加しているこのイベントは、例年は五月に開催していたんですが、今回は秋の開催になる、と。
それならこの企画を本にすることが間に合うので、今回は、本当にこの座談会の記録だけを冊子にして、「川口ブックマーケット」でたくさん本を買ってくれた人へのサービスというか、一種の特典として配ろう、と。
この映画には川口も、東京と埼玉を隔てる「関所」として登場しますし、僕が目にした映画館の状況からもわかるように、川口市民にとっても大変注目度の高い作品だったこともありますので、今回の本も、喜んでもらえるのではないかと期待しています。
美夜日 ものすごく分厚くなっちゃったらどうするの? 充実しすぎちゃって(笑)
益岡 いやまあ、座談会だけならね、せいぜい三十頁だと思うので大丈夫かな、と(笑)
これだけ欲しい方にはいつもよりは安い価格設定でお買い上げもいただけるような、そんな冊子として刊行したいと思っております。
まあ、そんな事情もありますので、今回は、映画自体のことはもちろんですが、埼玉のこと、かなりローカルなこともですね、おそれずに話して行きたいと思っています(笑)
そしてもちろん、今回、参加いただいている方は埼玉の方ばかりではないので、それぞれが住んでいる土地ならではの都道府県格差というか、地方カーストのようなお話も伺えたら楽しいのではないかと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします。


「地方カースト」いじりは
万国共通のエンターテインメント?


ヘイデン ヘイデンと言います。この会とのかかわりは、昨年末に「読書サロン」というセクシュアルマイノリティが登場する小説を読む読書会で益岡さんと出会って、「おっさんずラブ」座談会が開かれることを知り、参加したのが始まりです。今回は二回目の参加になります。よろしくお願いします。
私はあまり映画を観ないんですが、元々、ビジュアル系バンドの追っかけをしていたこともあって、GACKT主演のこの映画には注目していました。映画を観て、第一の感想は、「さすがGACKT様だ」と。
一同 (笑)
ヘイデン GACKT様は、MALICE MIZERというバンドで活動されていた頃はもちろんチェックしていましたけれど、脱退以降は、MALICEの動向は追ってはいましたが、GACKT様のことはほとんどノーチェックだったんです。もう、ビジュアル系からは抜けちゃった人。ソロになってからはアイドル路線かな、という整理をしていた。
でも、今回、久しぶりに見て、「やっぱりGACKT様、かっこいいな」と。しかもYOSHIKIまで出て来て、「美味しすぎるだろ!」と。
一同 (笑)
ヘイデン さらに私は腐女子でもあるので、これ、めちゃめちゃBLじゃないですか。V系腐女子としては、「めちゃくちゃ美味しいネタじゃねえか!」と、にまにましながら観ました。
私がこの映画を観たのは、小田原の映画館のレイトショーだったんですが、平日だったこともあってがらがらだったんですね。私自身、埼玉には一切、ゆかりのない人間なんです。神奈川生まれの神奈川育ちなので、埼玉ネタがまったくわからない。映画館の立地を考えると、観に来ていた他の人たちもそういうひとが多かったと思うんですね。だから、劇場の様子からも、どこが笑いどころなのか推し量ることができなかった。もし埼玉のことを知っていたら、もっと笑えたんだろうな、とは思うんですが……ただ、そんな私でも単純に映画として観て愉しい、そんな作品だったと思います。
縄目 はじめまして、縄目と申します。この会には初参加ですが、元々、益岡さんとは大学の文芸部の後輩として出会ったので、長いお付き合いになります。
わたくしは生まれも育ちも埼玉で、産湯をつかったのは、当時、大宮にあった日本赤十字病院です。今は、さいたま新都心の方に移転してしまいましたが、大宮の日赤病院の生まれでございます。生粋の埼玉県大宮の民としてやってまいりました。どうぞよろしくお願いします。
映画を観たのも大宮のイオンで、わたしが観たときは上映が終了しそうな時期だったのであまりお客さんはいませんでした。
僕は芸人さんのことはあまりわからないんです。テレビをあまり観ないので……GACKTは、きいたことありますけど、二階堂?は、全く知らない。だから、役者の背景については何も知らずに、よくいえば、先入観なしに見られたというのは良かったのかな、と思います。
映画を観て、まず思ったのが……(新宮の方を見ながら)原作ではですね、埼玉よりもさらにとんでもない場所として茨城が登場するんですが、映画では、東京から埼玉へ関所を通らず向かうための経由地として紹介はされるものの、かなり存在感の薄い扱いにされてしまっているのが……(新宮の方をさらに見ながら)残念でした。
益岡 なに、いまのアイコンタクトは(笑)
新宮 こいつはね、ことあるごとに茨城に対してマウントをとってくるんだよ!(笑)
萬澄 映画のことは置いといてさ(笑)、埼玉県民から見た茨城というのはどういう土地なの?
縄目 茨城っていうのは……関東の端とはいえ、もちろん関東の仲間なんだけどね……正直、どうやって行くの?というような……
益岡 ううん……やっぱり、新幹線がないことが大きいのかな。栃木とか群馬には新幹線が停まる駅があるじゃない。ああ、きっとその駅の周辺は都市部なんだろうな、と思えるような象徴的な都市がある。
縄目 宇都宮とか高崎とか。
益岡 うん。茨城は、もちろん水戸がそれなんだけど、新幹線が停まらないから……
縄目 茨城はね、「経由が必要」というイメージがあるんですよ。車で行くにしてもね、たとえば千葉はただただ南へ向かえばたどり着く。でも、茨城は、いったん南へ向かって、それから北へ、という……なんだか、まどろっこしいというか……不毛というか……
益岡 電車でもね。うちの文芸部は基本的に首都圏の人間が多いから、伊豆とか、三島とか、静岡方面が合宿の宿泊地になることが多かった。それをいつも新宮くんに悪いな、と思っていて、ちょっと茨城よりにしようと思って日光にしたことがあったんですよ。でも、結局ね、一度東京方面の……小山あたりまで出て、乗り換えないといけないんだよね。
新宮 そう。そこから両毛線に乗り換える。今はバスがあるからだいぶ楽だと思うけど……
益岡 結果、三島あたりの方が速く来られる(笑)
ヘイデン 私は神奈川の湘南が地元なんですけど、湘南の海には波がないから、サーファーは千葉か茨城に行くんですよ。だから、私は埼玉よりも茨城の方が、海があって波があるからずっといいイメージがあるんです。あと、水戸には有名なライブハウスがあって、ビジュアル系バンドの追っかけでもよく行ったので、むしろ、馴染み深いです。
縄目 神奈川からなら、車での便もいいんだけどね……埼玉からは……ものすごくV字型に「行って、戻って」という感じになるから、ちょっと感覚が違うかもね。
益岡 でも茨城は観光地的な魅力はあるでしょ。アニメでの町おこしなんかも盛んだし、海産物もいいしね。
縄目 たしかに美味しいものは結構あると思うんだけどね。一度、北茨城の方で合宿やったときも、鮟鱇鍋がおいしかった。
益岡 あそこの宿は、東日本大震災で流されちゃったんでしょ?
新宮 うん。あのあたりは軒並み流されましたね。
縄目 ただ、海産物でいえば、このあいだ、神社めぐりをしに茨城に行った時、スーパーに入ったんですね。そこで売っていたお寿司に、茨城の魚はまったく使われてなかった。港があるのに、地のものを使わないんだなって……
益岡 まあ、それはさ、全国で獲れたいい魚は全部、東京に送られちゃうんだよ。今は、豊洲に送られちゃうからさ。むしろ東京から買って来たんだとすれば、魚にこだわるスーパーなのかも(笑)
縄目 映画に話を戻すと、原作は八〇年代に描かれていて、今から見るとかなり古い時代を舞台にしているから、それよりはアップデートはされているなという印象でした。古臭さを感じることなく、楽しめましたね。
萬澄 原作は何年の発表なの?
益岡 これは一九八三年ですね。僕は初読時、もっと最近書かれたものだと勘違いしていたんです。だから、「埼玉県民は肥溜めの臭いがする」とか、「農民しかいない」とか、漫画に描かれている埼玉の田舎ぶりを「ずいぶんデフォルメしたんだな」と感じたんだけど、八〇年代初頭の所沢をイメージしているとすれば、割と実態に近かったんじゃないかと。少しデフォルメしたくらいなのかもしれないね。
縄目 秩父セメントとか出て来て……地理的にも、映画の埼玉は原作の埼玉とは少し違う。
益岡 魔夜先生が当時、所沢に住んでいたから、原作の埼玉の中心は所沢なんですよね。映画の中心はさいたま市だと思うので、かなり違いはある。
萬澄 映画は埼玉の独立を目指す麗と百美のパートを作中作にしてあるじゃない。東京に対して革命を起こしていく「埼玉の伝説」がNACK5から流れてきて、それを聞きながら結納の会場に急ぐ一家がいるという二重構造になっているわけだけど、これは原作通りなの?
新宮 原作は作中作の「伝説篇」だけです。
萬澄 伝説篇だけで成立している?
益岡 というか……成立してない。未完だから(笑)
ヘイデン すごい中途半端なところで終わってますよね。都庁に攻め込んだりもしないし。
益岡 埼玉デュークってのが、いる!……くらいのところで終わる(笑)
縄目 まあ、僕はとりあえずこんなところで、後々、埼玉のことを深く語って行きたいと思います(笑)
新宮 新宮です。今日は、茨城から来ました……いやあ、遠かったね。
益岡 いや、そんなに遠くないでしょ(笑)
新宮 いや、ここまで来るのに奥秩父まではいかなきゃならないし、途中でヌーの群れにも襲われるし。
益岡 ああ、映画の描写のとおりに来たっていうことね(笑)
新宮 ちょっと先に言われちゃったんだけど、茨城という土地は三重苦を背負っていると言われているわけだよね。「北関東」「新幹線がない」「ブスの産地」という。
益岡 いや、そんなことはないでしょ。「ブスの産地」とか。
ヘイデン 海もあるし、いいイメージですよ。
縄目 まあほら、最近、武田鉄矢が「水戸黄門」とかやり始めたから、一応、歴史的にはすごいわけじゃない。
益岡 いやいや、武田鉄矢が始める前から「水戸黄門」は有名だし、歴史的な土地としては常に尊敬されてきましたよ、水戸は(笑)
縄目 水戸はリスペクトされながら、でも、ちょっとかわいそう……ていう感じ(笑)
新宮 さっき、ちょっと話に出たけど、原作では茨城がややディスられているんだよね。納豆しか作ってないとか、白い飯が食べられない、とか。これは原作者の奥様が茨城の出身で、仲間だから少しくらい悪く描いても大丈夫だろうと思って、こうなったらしいんだけど……でも、発表したら親戚からかなりたくさんクレームが来たらしい。映画で茨城が削られたのは、ちょっとそういうことも関係しているのかな、と思った。常磐線は出て来るけどね。
この映画の中心はやっぱり、埼玉、東京、千葉、神奈川……群馬がちょっと存在感があるかな、という程度。
萬澄 栃木出てきた?
新宮 栃木は茨城よりもさらに存在感が薄い(笑)
映画の感想としては、とにかくうまくまとまっているという印象を受けた。僕はこれは完全に「関東カースト」の物語だと思っているんだけど、埼玉がカースト下位である現状をどう乗り越えていくかというストーリーとして捉えた時に、長年の仇敵である千葉と同盟を組んで上を目指すという筋立てにしたのが、まず、うまい。これが成立するとしたら、関東以外だと近畿だと思うんだけどね。京都・大阪が中心で、奈良・滋賀・兵庫あたりが対抗していくというような筋立てになると思う。
益岡 うーん。ただ、近畿はさ、神奈川みたいなのがいっぱいいる、みたいな図式じゃない?
ヘイデン 二番手がいっぱいいる(笑)
益岡 この映画化を記念して「翔ばして!埼玉」という、魔夜作品のガイド本のようなものが宝島社から出たんだけれど、この中で魔夜先生が、「こういう特定の地方をディスるような企画に耐えうるのは、埼玉以外には考えられない」という旨の発言をしているんですね。たとえば、「翔んで京都」なんて、口にするだけで既に恐ろしい、と(笑)
新宮 京都はむしろ関西ではトップクラスの都市だから、埼玉のような主人公にはなれない。
益岡 うん。多分、京都にも馬鹿にしていいようなところはたくさんあると思うんですよ。でも、できない(笑)
新宮 でも、たしかに、京都でやるなら、京都内のカーストだよね。
蕪豆 嵯峨野のひとが「京都じゃない」って言われているの、聞いたことあります。
美夜日 京都市内しか京都じゃない(笑)ちなみにこれは井上章一さんの『京都ぎらい』(朝日新書)に書いてあるエピソードです。
新宮 洛中しか、京都じゃないんだ(笑)
益岡 横浜のひともそう思ってるでしょ。横浜市の中でも、かなりコアな地域しか横浜じゃないと思ってるよね(笑)
縄目 京都はそれ以上じゃない? だって、京都駅の、いわゆる観光地化されている方は「裏」だっていうよね。御所がある方が「表」だと。ふつう、表とか裏とか言わないでしょ。
新宮 たしかに、埼玉だと明るくディスれるっていうところがあるとは思う。映画のラストでも出て来るけど、埼玉って、現実にはかなり上位なんだよね。生活面でもかなり便利で、格好よくはないかもしれないけど、不足はない土地だという認識が住んでいるひと全体にある。笑われても、それを受けて笑っていられる余裕があるんですよ。
茨城でやったら、正直、反応に困ると思うんだ。
それを如実に表しているのが行政の対応で、この映画が封切られたとき、埼玉県知事は「悪名は無名に勝る」と言って喜んで見せた。僕はこれ、素晴らしい対応だったと思うんですよ。
それに引き替え、水戸市の対応がお粗末で……少し前に、茨城県庁の職員が「水戸はダメだ、死ね」とネットで言ってしまって話題になった。それに対して水戸市は本気で怒っちゃったんだよね。あれは、個人的にはまずい対応だったと考えていて、「本当に最低か、見に来てください! いいとこ、いっぱいありますよ」くらいのことを言って、平然としていれば良かったと思うんだよね。その職員個人に対する指導をどうするかはともかくとして、全国に発信するイメージとしてはあまりにもお粗末だった。その点、さすが、埼玉はうまいな、と。
益岡 埼玉は、長年、ディスられて来た歴史があるからね。磨かれてきた芸風がある(笑)
そしてそれは、埼玉という地域がそれなりに豊かだという証左でもあるんだよね。ディスったときに、聞いている方が引いてしまうような土地に対しては、同じことはできないよね。
映画の中でも、エリート埼玉県民役の加藤諒くんがさ、埼玉がクソミソに言われたあとで、そんなこというなよ、っていうじゃない。「住みやすくて、いいとこじゃん」って(笑)
新宮 もっと馬鹿にしたらシャレにならないところがあるからね。やっぱり、埼玉という土地は絶妙なチョイスなのだとは思います。この映画に点をつけるとしたら、萬澄さんも仰ってましたが、僕も70点くらいが妥当かな、と思いました。
蕪豆 はじめまして、蕪豆と申します。
益岡 蕪豆さんは美夜日さんのお母様ということで……とうとう、この会も家族でご参加いただけるイベントになったのだなと思うと……大変感慨深いです。
蕪豆 ちょっと場違いかな、と思ったんですが(笑)
益岡 とんでもないです。よろしくお願いします。
蕪豆 私が埼玉に抱いている印象としては、湿地帯が多いという印象があって、赤羽と戸田のあいだあたりに「浮間舟渡」という駅名がありますけど、とてもエレガントな名前だな、と。
益岡 浮間は東京ですけど、たしかに埼玉は、荒川のような巨大河川から派生する湿地帯が多くある土地ではあると思います。
蕪豆 そういう素敵な湿地帯を擁した県という印象がまず、ありました。
私の父の家系は、江戸時代中期には岩槻に本家があったんですね。それから江戸時代後期には、日本橋小舟町に綿糸問屋をひらきました。だから、私自身は品川の生まれなんですが、父は東京の日本橋の生まれで、家系的には埼玉とは縁があるんです。
東京の下町風の生き方をしています。浅草生まれとかの人と話すと話が早い。お互い腹蔵なく言い合って、「あ、それにしようよ。」となる。まとめる人はいるけど、全部親分に従うとかはない。皆独立してさっぱりしてるけど、アドバイスしたり、助け合ったりもする。現代人より親切だと思います。
あと、これは埼玉とは直接関係のない話になりますが……東京生まれの身からすると、山口のひとと鹿児島のひとが江戸にやってきて、いまだに征服しているという感覚なんです。
益岡 なるほど! 薩長のやつらが、と(笑)
蕪豆 未だに薩長にいいようにやられているという印象があるんです(笑)
あと、さきほどから話題になっている茨城は、全国魅力度ランキングで最下位だとは聞いたことがあって……
新宮 そうです。ここのところ、毎回、最下位です。
蕪豆 江戸時代は藩と藩の交流が今のようになかった。水戸藩だった茨城県は気候や地理に恵まれ、何でも自分の所でまかなえる。他県は必要なかったわけです。このような面白い読書会を除いて。
……ただ、埼玉もそうなんですが、個人的にあまり馴染みがないので、映画の中での描かれ方についても特に違和感はなかったんですね。私がひっかかったのは、むしろ東京の描写。なんか、みんな宝塚みたいな服着てて……「ええ! これが東京?」というような……
益岡 東京の描写にこそ、違和感があると(笑)
蕪豆 あの高級感を体現している土地があるのかもしれないですけど……いったい、あれはどこ? どこが東京? という。
美夜日 地元民としては違和感がある。
蕪豆 たしかに、某お嬢様学校にゆかりのある人の話なんて聞くと、ちょっとイメージが近いかな、と思えるところもあるんですけどね。ビートルズが来日したときに、せっかくチケットがとれたのに「武道館に行ってはいけない」と言われて泣いた、という話を最近聞いたばっかりだったので(笑)
ただ、やっぱり、この映画の思い込みと言うか、イメージを暴走させたところは、東京の描写にもあるように感じます。
ヘイデン 私、その某お嬢様学校の出身なんですが、私が学生時代だった頃も、ちょっとそういう風潮は残っていましたね。軽音楽部に入っていたんですが、「お嬢様が軽音楽部に入るなんてはしたない」という見方があって、部費なんかもものすごく少ない、弱小部活でした。私が学生だったのはもう二十年くらい前のことなので今は違うかもしれませんけど。
益岡 いや、でも、こういうことはどこにも残っていないから、活字にしておく価値はあるよね(笑)
ヘイデン ライブなんか行くのも……私の両親は何も言わなかったですけど、友達の親御さんとかから、「そんなとこ行かせて大丈夫なの?」というような声があったようです。
美夜日 特にV系は危ない、とか(笑)
ヘイデン まあ、そういうイメージもあったよね、当時は。今は、どうかわからないけど(笑)
縄目 埼玉県民から見た東京のイメージって「百貨店」なんですよね。大宮にもデパートはあるけど、そごうと髙島屋くらいなんですよ。新宿や渋谷、銀座には、それぞれ、特徴的な百貨店が複数、林立している。父親に連れられてそういうところで洋服なんかを見繕ってもらうのは、やっぱり特別感があった。そういう高級なものへの憧れが、東京への憧れであったという印象は持っているので、あの宝塚みたいな東京のイメージは、そういう地方出身者から見た東京を表象しているんじゃないかと思います。
美夜日 今、大宮なんか、栄えてますよね。
縄目 うん。今は、僕が子どもの頃に比べれば格差はなくなっていると思う。仙台のひとなんかは東京まで行かずに大宮で済ませてしまうひとも多いとも聞きます。並んでいるものは大体同じだし、むしろ人が少なくていい、という声もある。
あとは、やっぱりインターネットの普及が大きい。ネットで大抵のものは買えるから、東京でないといけないという特別感は薄れてはいると思う。
この映画で打ち出されている各都道府県のイメージというのは、かなり観客個人の年代や経験に左右されるんじゃないかと思いますね。グーグルマップなんかで、大宮駅周辺を遡ってみていくと、七〇年代なんかは本当、一面、農地という感じ。それが埼玉の原風景であれば、原作の描写は頷けるし、今回の映画で示されているビジョンもそれほどデフォルメしたものだとは感じないかもしれない。
益岡 そういう受け止め方の差異みたいなものを確認し合う楽しさも、この映画にはあるような気がしますね。
美夜日 美夜日と申します。益岡さんの後輩で、この会は、「加藤シゲアキ」号、「おっさんずラブ」号、「百合SF」号、「ジャニーズ」号、そして今回の「翔んで埼玉」号で五回目の登場となります。
出身は母と同じく品川で、映画も母と一緒に観て来たんですけど……本当、カルチャーショックを受けました。「関東平野でいったい、何が起こっているんだ!」と。
一同 (笑)
美夜日 あとは、期待していなかったBL成分が非常に豊富で、得した気分になれました(笑)よろしくお願いします。
萬澄 映画の中で、「悪の枢軸」として描かれております、神奈川県横浜市に四十年間在住している、萬澄十三と申します。
益岡 おもいっきり悪役ですよね、横浜(笑)
ヘイデン あ、私は横浜じゃないんで。
美夜日 神奈川県内でも対立があるわけだ(笑)
ヘイデン はい。ふたりの間でもバチバチできます(笑)
萬澄 映画でも冒頭に「武蔵の国」と「相模の国」という表現があったと思いますが、神奈川県は真っ二つに分かれている。この二つは元々別の国ですから、どうしても、違いや対立が生まれてしまう。
埼玉に関しましては、私は益岡さんと出会うまでは、埼玉県の知り合いはまったくいなかったものですから、初めて益岡さんの地元の川口に降り立った時には大変なカルチャーショックを受けました。「こんな場所がこの国にあったのか!」と。
益岡 こんな場所ってのが、どんな場所なのか、是非聞きたい(笑)
萬澄 いや、神奈川には存在しない場所だな、と。
ヘイデン 西の方にはいくらでもありますよ(笑)
益岡 あのね、川口って、埼玉の中でも相当いい方よ(笑)
萬澄 いや、そうなんでしょうけどね。神奈川でも、川崎なんかは近いかな、とは思っていますが……少なくとも、横浜とはだいぶ違うな、とは思いましたよね。
この映画は、東映配給でフジテレビの制作ということになると思うのですが、その路線ではかつて、本広克行監督が「UDON」(二〇〇六年)という、香川県を舞台にした映画を撮っています。
益岡 ユースケ・サンタマリア主演ですね。
萬澄 こちらは50点くらいの出来でしたけれど……今回もこの路線を狙ったものかなと思ったんですが、観てみたら大変構成が素晴らしいので驚きました。先ほど申し上げました通り、この映画は入れ子構造、二重構造をとっています。二重構造をとった映画と言うのはたくさんありますが、下手なひとが撮るとすぐになにがなんだかわからなくなってしまうんです。その点、この作品は大変巧みに撮られていた。
この映画の上映時間は一時間四十分ほどだと思います。物語のスケールからすればかなりコンパクトな仕上がりです。私がうまいと思ったのは、埼玉と千葉が川を挟んで対立するシーン。いざ合戦か、というところで場面が切り替わり、その先を見せません。そこからは百美が、中尾彬が演じる、父親であり、現職の東京都知事である壇ノ浦建造と対決する場面が描かれます。ここで、東京都の悪行が暴かれていく。次に映し出されるのは、悪の東京都に向かって進軍する埼玉・千葉連合軍の勇姿という流れです。下手な人がつくったら、両陣営がぶつかるところを描いてしまうと思うんですね。映画人はダイナミズムを求めますから、どうしてもそういう展開になる。この映画は思い切り、その方向性を捨てて構成されている。尺が長ければ、やっぱりやってしまったと思うんですよ、合戦を。
元々短い尺でやろうという決め事があって、それにあわせるために「職人的な仕事」をしたというだけのことかもしれませんが、そのうまさに感嘆しました。途中までは50点くらいかな、と思っていましたが、クライマックスに至って、加点せざるを得なかった。
新宮 この合戦のロケ地は埼玉じゃないらしいです。決起のシーンも茨城だったみたい。埼玉にはもう、ああいうところはないのかな。
益岡 まあ、だいぶ開発されちゃったからね。でも、だったらもう少し茨城にリスペクトが欲しかったね(笑)
萬澄 あとは俳優の問題ですけど、この映画は本当に色々なひとがちょっとずつ出て来ていて、映画好き、ドラマ好きとしてはそういうところも美味しい作品だと感じました。〈男はつらいよ〉シリーズに出てくる神戸浩さんであるとか、私がいちばん驚いた、クライマックスにほんの一瞬だけ出てくる〈金八先生〉シリーズで金八の息子役を演じた佐野泰臣くんなど、小ネタとしては本当においしいキャスティングです。
あと、かなり近年、名前を上げている若手俳優たちが贅沢に使い捨てられているところも注目です。私が好きな岡山天音くんはほとんど出番がありませんでしたし、現代パートに出ている成田凌くんの役は、十年前なら妻夫木くんが務めたはずです。
益岡 妻夫木くんは、今や大御所だから、もうこういう役はできない(笑)
萬澄 そう、十年前でも「特別出演」だったかもしれないけど(笑)成田くんはそのポジションなのか、と。結構、売れてるんだな、と。
ヘイデン 成田凌くん、どこに出てきました?
益岡 婚約者の役。現代パートの人たちが結納の会場に着いたら、婚約者の車も停まっていて、中で号泣している。同じラジオを聴いていて、「おれ、春日部に家買う!」と(笑)
ヘイデン ああ、あれが成田凌くんか。
新宮 せっかく都民になれると思ったのに。
益岡 そう、娘役の島崎遥香が気絶しちゃう(笑)
萬澄 私も気絶しそうになりました。だって、春日部ですよ!
益岡 いや、春日部だっていいとこですよ(笑)僕が驚いたのは間宮祥太郎くんですね。冒頭に、東京のおしゃれなクラブに忍び込んでいる埼玉県民が発見されて連行されるシーンがあるんですけど、その連行される埼玉県民が間宮くん。いや、別にいいけど、間宮くん、結構がんばってるよ。朝ドラとか出て、中堅俳優的なポジションに立ちつつあるのに、「え、ここかよ!」と(笑)
萬澄 ところで、安藤優子さんが埼玉県ポーズ(両手の親指と人差し指で輪をつくり、上に向かって腕をクロスさせる)をとるだけのひととしてエンディングに登場するけど、安藤さんは埼玉県民なの?
益岡 いや、知らない。でも、埼玉に縁があるひとに頼んでいるんだろうねえ。
ますく堂 安藤さんはウィキペディアによると千葉県民ってことになってるね。千葉の市川。
益岡 県民じゃないじゃん。まあ、同盟国だからいいのかもしれないけど(笑)
ということは、この埼玉県ポーズのひとたちは、別に埼玉県民じゃなくてもいいんだ。親切なひとに適当に頼んでるんだ(笑)
ヘイデン GACKT、沖縄ですからね。
益岡 二階堂ふみもね。沖縄の二人に埼玉の映画をやらせてるんだね(笑)
ますく堂 主演がすでに埼玉じゃない(笑)
ヘイデン この映画が成立する素地ができて来たのは、ここ数年のことだと思うんですね。例えば、深夜番組の「月曜から夜更かし」(日本テレビ)でマツコ・デラックスと関ジャニ∞の村上信五が埼玉を上手にいじくっていた。マツコは「マツコ&有吉の怒り新党」(テレビ朝日)でも埼玉をうまく転がしていた感じがするんですよね。こういうバラエティでの扱いを受けて、埼玉がディスられ慣れしていたところにこの映画が成立したのかな、と。
萬澄 テレビ局も予算がないから、「地元企画」のようなものばかりが増えてきた。それが逆に視聴率をとってしまったりするから余計にその流れに拍車がかかる。「出没! アド街ック天国」(テレビ東京)でも観光地のようなところをとりあげるより、地元感あふれる地味な街の方が、数字がとれたりする。NHKの「ブラタモリ」なんかもそう。最近だと武蔵小杉なんかが話題になっていた。
益岡 「アド街」は、川口がテーマだったときもかなり盛り上がっていた印象があります(笑)当時の司会者だった愛川欽也さんが「番組始まって以来のお便り、FAX数だ」と話しておられたのを覚えている。
萬澄 挿入歌として、さいたまんぞうさんが登場しましたけど、本当に久しぶりにこの名前を見たな、と思いました。この方が有名になったのは、TBSの「そこが知りたい」という情報番組で、個人的には、地方をとりあげる番組の元祖だと思っています。「路線バスの旅」を扱ったのも、「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ)に代表される在来線の鉄道旅を扱ったのもこの番組が最初。「通勤線途中下車の旅」と名付けられたコーナーでさいたまんぞうさんはブレイクします。これは八〇年代の番組ですから、かなり長い間、「埼玉推し」で活動してこられて、それが二〇一九年の今、こういうかたちで結実したと考えると大変感慨深い。
キャストについてですが……個人的には、主演二人はともかく、他の出演陣はかなりしょぼいと考えています。
一同 (笑)
萬澄 かなり低予算のつくり。中尾彬が最大の敵として出演するというのは……いや、かなり憎々しげに好演されていましたけどね。
新宮 ああいう役をやらせたら、中尾彬はすごくうまい。
益岡 おっしゃる通り、中尾彬は大変良いキャスティングだったと僕も思う。でも、たしかに、中尾彬と武田久美子の夫婦という、このツーショットが醸し出すB級感はものすごい(笑)
萬澄 いや、本当に驚きました。ただね、日本映画はずっと東宝の独り勝ち状態が続いていますから、東映からこういう異色のヒット映画が出たということは大変喜ばしいことだと思っています。
神奈川ネタに触れると、竹中直人演じる神奈川県知事の描写がちぐはぐというか、横浜なのか湘南なのかわからない状態になっているのが気になりました。あの扮装で崎陽軒を出して来てしまう、非常に雑な印象を受けます。
益岡 え? それが雑だというのはどうして?
萬澄 つまり、武蔵と相模ですよ。竹中直人の扮装は、加山雄三や石原裕次郎みたいな感じ、したでしょ? つまり湘南、相模なわけです。でも、崎陽軒は横浜、武蔵なんです。
益岡 う…うん……
萬澄 崎陽軒は横浜の駅弁をつくった会社なんです。あれこそが、ザ・横浜です。
ヘイデン 崎陽軒は神奈川のものじゃなくて、横浜のものなんです。
益岡 う……うん?
ヘイデン 横浜以外の……神奈川の西の人間たちも、崎陽軒は地元のものという意識は持ってますよ。湘南あたりの学校でも、子どもたちを連れて崎陽軒のしゅうまい工場へ社会科見学へ行こうというような場面も当然、ある。でも、横浜市民にしてみたら、「崎陽軒は横浜のものであって神奈川のものじゃない」という意識はあるはずです。
新宮 愛知県で言えば、旧三河の国のひとたちが名古屋とひとくくりにされるのを嫌がるような……
ヘイデン そうです。神奈川県民にしてみたら、横浜は神奈川の一部ですが、横浜市民にとっては、横浜は横浜なんです。
ますく堂 もう、横浜県民なんだ(笑)
萬澄 私はそんな横浜の中でも、神奈川区というオリジナルもオリジナル、祖になった土地の出身です。選挙区でいえば、菅官房長官の地元ですね。おかげで新紙幣の裏側に神奈川沖の風景が刷られることになったんです……なにか、御不満がありそうですが……
益岡 いや、不満はないけど……なんか、そういうの、くだらねえなって(笑)そういうところ、都会になりきれてないんだよね、あれだけ気取ってんのに、地方意識まるだし(笑)
ヘイデン 横浜市民の郷土愛はすごいですよ。絶対、「私、神奈川県民です」って言わない。横浜の出身の方は、「横浜市民です」と言う。
萬澄 私も言いません。旅行なんかで、旅館の女将さんに「どちらからいらっしゃったんですか」と聞かれることあるじゃないですか。埼玉の人も東京の人も都道府県名で応えると思うんですが、私は必ず「横浜です」と言います。
ヘイデン 絶対だよね、必ず。
益岡 横浜の何がいいんだ、と個人的には思うけどね。家賃とか、高いでしょ?
ヘイデン 高いですよ。下手な東京より高いです。
益岡 僕は、個人的には「横浜中華街」に旨いものはないと思ってますから。
萬澄 それは極端ですよ(笑)
益岡 いや、日本で初めて「ミシュランガイド」がつくられるという話になった時に僕が感動したのは、「横浜中華街」にはたったひとつの星もミシュランは与えなかったんです。それを知って僕は、「さすが、ミシュラン!」と。さすが世界中の美食を紹介してきただけのことはある、と。
ブランドに守られて、雰囲気でね、なんとなくおいしいものを出している感を醸し出してますけど、「横浜中華街」で食べるなら、都内や、なんなら埼玉にもおいしい中華屋はあるぞ、と中華街に行く度に思うんです。もっとも、僕の行くお店は萬澄さんに連れて行ってもらうところだけだから、そのチョイスが悪いだけかもしれないですけど。
ただ、中華街の方たちのために弁護もするとね、これはさっきの魚の問題と同じで、良いものは東京に連れて行かれてしまうんですよ。中華というのはシェフの腕前に相当左右される料理ジャンルだと思うんですが、いいシェフが見つかると、都内の高級店に引き抜かれていくんですね。中華街が「そこそこ」なのは、その構造に原因があると個人的には思っている。だからタイミングさえあえば、赤坂の高級店で腕を振るうことになるような名シェフの料理が廉価で食べられるというチャンスもあるのではないかとも思っています。
萬澄 まあ、ここまで横浜を礼賛してきましたけど……私は横浜市民ですけれども、他の横浜市民のように狂信的に横浜を愛しているわけではないということは申し上げておきたいんです。コアな横浜市民は、すべての買い物を横浜で済まそうとするんです。東京へ行こうとしない。すべてを横浜で済ますということにこだわっている。
益岡 埼玉でいえば、浦和のひとは若干、そうかもしれない。浦和マダムなんて、自称したりして……
縄目 まあ、浦和はね、大宮の税収を使ってパルコなんかも建てたしね……浦和の自己礼賛ぶりは、かつての僻みから来ていると思うんですよね。大宮という大都市を擁する埼玉の県庁所在地が地味な浦和であるということは、よくディスられてきたんですよ。埼玉県民にとっては常識だし、浦和の歴史もわかっているけど、県外のひとからしたら「エッ、県庁所在地、大宮じゃないの? 浦和ってどこ?」といわれてきたという歴史がある。今はさいたま市になってしまったのでそういうシーンはなくなってきたと思うんですけど、そのときの僻み根性が、今の「浦和マダム」を生んだんじゃないでしょうか。
益岡 あくまで旧大宮市民の意見です(笑)
萬澄 近年の住みたい街ランキングでも、この、大宮、浦和は急上昇してきているんです。私は近年のこの変化は、人々が土地の神話、地名のブランドというものを必要としなくなってきていることによるものなのではないかと考えているんです。田園調布、成城学園では、もうないんだな、ということをつくづく、思う。
縄目 まさに「暮らしやすいところが一番だ」という「日本埼玉化計画」の根本的な構造です。
萬澄 そうなんです。私がこの映画の中で一番面白いところだと思ったのは、その現実が投影されていることなんですよ。

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