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【エッセイ】金木犀

こんばんは、寝る前に金木犀のお香を焚くことで心を沈めている一葉です。

物書きをはじめて2ヶ月ほど経過しました。最近は、たまにコメントが入ってきたりして、スマホの通知をみて「うわっ」と声にならない声で驚いたりしてます。私の描く文が人の時間と心にお邪魔させてもらっているわけですね。
土足でバタバタと入るような失礼のない文にしないとと背筋の伸びる思いです。

私の描く物語は「愛」にまつわる物事が多いです。自分や友人の経験に基づいて、創作を加えていくことが多いのですが、出会う愛も別れの愛も、生きる糧になるものがいいなと思いながら描いています。

今日は、私が13年前、実際に経験した心温まる別れの愛をエッセイという形で紹介したいなと思います。

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祖母は下肢静脈瘤の術後、
自分の足で歩けなくなりました。
70歳手前で車椅子生活となり、
その後も乳がん、肺炎と病気を患い、
80歳の時に認知症となりました。
母の名前も私の名前を忘れ、
長年連れ添った祖父のことも
分からなくなりました。

祖父はその時85歳、元気でした。
田畑も耕し、祖母の介護もし、
運転もできました。
なんでもできる人でした。

祖母は食事もろくにできなくなり
家での介護が難しくなったため
近くの病院にずっと入院をしていました。
肺炎を繰り返し、
何度も今夜が山かもしれませんと
医者から告げられました。
それでも祖母は生きながらえたのです。

私が20歳の時、金木犀の香る季節でした。
出張で東京から帰る新幹線の中で
着信がなりました。
「おじいちゃんが死んだ」
心筋梗塞でした。
数日前、田んぼを耕していた祖父が
突然この世を去ったのです。

生前、顔の広かった祖父のお葬式には
大勢の方々が参列しました。

何時間にも及ぶお葬式、
お焼香の最後の辺りで扉が開き
寝たきりの祖母が
病院の看護師さんに連れられて
移動式ベッドでやってきました。

何も分からずキョトンとしている
祖母でしたが一番前に並び
祖父の遺影が見えた途端に
声を出し泣き始めたのです。

「じいさ、じいさ」と何度も何度も
泣き叫んでいました。

「あんたなんか知らん、いぬれいぬれ」
と祖父を見て罵倒していた祖母が。


こういうことって本当にあるんですね。
この時この場に居合わせた全員が祖父母の愛に感涙しました。こんなにも美しいお別れの愛があるだなんてと。
病を跳ね除けて、記憶を呼び起こすほどの愛を受け取ってたんでしょうね。ココハドコ?アナタハダレ?だった祖母が、最後の最後で祖父とのお別れだと理解したわけですから。

私はまだ結婚したことがないので
夫婦とか家族の愛を容易に描くことができないんですけど。。でもいつか生涯を共にしたいと思える人ができたら、恋愛とは違う愛をテーマにしたものも描いてみたいものです。


では今宵も、祖父母の愛を思い出しながら金木犀の香りと共に。おやすみなさい。

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