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街と猫の話

 この街に引っ越してきて、十数年になる。街の様子は随分と変わった。恋人が妻になったり、子供がやってきたり、年を取ったりしている隙に、巨大なマンション、老人ホーム、コンビニエンスストア、などが雨後の筍のように次々と湧いて現れた。それらの場所に元々は何があったのか、口では言えるが、映像的な記憶はもはや曖昧だ。仲の良いご近所さんは、亡くなったり、引っ越したりして、いなくなった。ずっといるのは、猫のノラくらいのものである。

 このマンションに引っ越してきた時、ノラは既にそこに住み着いていた。その当時の印象は思い出せないが、猫の寿命から考えると、おそらくとても若い猫だったのだろう。現在のノラは、見るからに老齢である。懐いていた大家さんが亡くなってから一気に老けたように見えるが、それは人間の勝手な印象を猫に押し付けているだけだろうか。

 猫の世界は猫の世界で、移り変わりがある。いろんな猫がここに現れ、そして去っていった。裏の駐車場に物置があった頃は、シングルマザーとその子ら、若いカップル、などが居ついては、面倒見のいいノラが世話を焼いている様子(これも主観に過ぎないが)が、ベランダから窺えたものである。が、物置が壊されてからは、住み着く猫はなくなり、ノラは今や独居老人も同然である。

 最近、若い黒い猫が現れるようになったが、こいつは女の尻を追いかけまわすばかりの発情猫で、朝晩かまわずにゃあにゃあとうるさい。おまけに、マンションの住人や近所に住んでいる大家さんの親族が置いていくノラの餌を、奪っているようである。以前は猛々しいノラであったが、さすがにもう喧嘩するほどの元気はない。このところは、マンションの階段下に設置された段ボール箱の寝床に寝転んでいるばかりである。

 親しかった大家さんも、世話を焼きたくなるような若い猫も、もういない。ノラはマンションの階段や廊下などでぼんやりしていることが多くなった。外に出て若い猫と関わるのが億劫なのだろうか。若い頃は触ろうとすると威嚇してきたものだが、今ではノラの方から近づいてくるようになった。なんだかんだ、十年以上の付き合いである。少しは私に愛着を感じてくれていたりするのかもしれない。

 毛で覆われているために気づかなかったが、その身体を撫でてみて、見た目よりもかなり痩せていることがわかった。私よりも遥かに若かったノラは、今や私よりも遥かに年を取っている。ノラを撫でながら、いろんなことを話しかけてみた。その内容が理解できているかはわからないが、聞いてくれていることは間違いなさそうだった。これからは、もっとノラと話をしよう。

 ノラは日に日に元気がなくなっているように見える。一日のうちの寝床で寝ている割合は、増えるばかりである。それでも調子のいい時は、何かを待っているかのようにマンションのエントランスでぼんやりしていたりする。そんな時、私はノラに話しかける。今日何してたの。ご飯もう食べたの。ノラの気持ちはわからない。彼は私を何だと思っているのだろうか。

 そういえば、ある時、息子の同級生に「○○君のお父さんって、猫と話せるの?」と聞かれた。見られていたようだ。なぜか私は調子に乗って「勿論、話せるよ」と答えてしまった。息子が嘘つきおじさんの子供呼ばわりされないためにも、早急に猫と話せるようになる必要がある。ノラに相談してみよう。


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