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初バイト話


この前コンビニに行ったら、研修中の店員さんにレジを担当してもらった。
まだ手際もそれほど良くない感じで慣れていないんだろうな、と思いながら見ていたが、そういう時に私は極力急いでいないですよオーラを出す。

いつかの私もこんな感じだったなぁ…と微笑ましく目の前の店員さんを見ていたら苦い思い出が蘇ってきた。

私は大学生の間、3回バイトの場所が変わっている。やらかしてバイト先を飛んだとかそういうわけではなくそれぞれ場所を変えたのには理由があるのだが、今日はポンコツだった若かりし頃の私のバイト記を書こうと思う。

「今バイトしてんねん」
同級生が休み時間に友人に発したその言葉の響きに高校生の頃はちょっとした憧れを抱いていた。
通っていた学校は本当はバイト禁止だったのだが、卒業を前にしたあたりからこっそりバイトをしている人を見かけるようになった。

世間的には中学校を卒業して早い段階で働いている子もいる中、学生時代を吹奏楽に捧げていた私は上京する日が近づくと共に心がざわつき始めていた。

親の元でぬくぬくと育ってきた自分が急に社会にほっぽり出された時、社会経験のない自分はおそらく沢山ヘマをするのだろうなという予感が日増しに強くなっていたのだ。

元々いじめや陰口には慣れていたので孤独には強いほうだったけど、落ち込んだ時に助けてくれるあてだってこれからは自分で見つけなければいなくなってしまう。

東京へ行けば家族がいないのはもちろん、部活でも後輩育成のほうが得意だった私はあまり先輩とのつながりが強いほうでもなかったし、大学なんて周りは知らない人ばっかりな訳だからどうにもできない。

でも、小学校からずっと引っぺがしたいと思い続けてきた真面目で寡黙キャラのレッテルを燃やしたいと思っていたし、一からやり直すならこのタイミングだとも感じていたのである程度覚悟もできた。
それに、失敗するなら早いうちにしたほうがいいという事を学んだのもバイトという経験が大きかったように思う。

まず最初に勤めたのは某青色の看板のコンビニである。関わりがない人を接客すること、これが知人ばかりの空間で長らく過ごしてきた自分から一番かけ離れていることだった。

大学に入っても吹奏楽を続けた私だが、なんせ吹奏楽というものは時間的な束縛が大きい。なのでほとんどの団員がバイトをするなら朝勤か夜勤をしている。

同じ団の先輩や同級生が数人働いている店もあって、そこを選べばある程度心の余裕もあったのだろうが、あえて自転車で15分くらいかかる駅前の店を勤務先に選んだ。
多分、甘えたくなかったんだろうと思う。あえて厳しい環境に身を置きたいタイプなのだ。

そして案の定、それまでには経験してこなかったような事態に見舞われた。
主要駅のオフィス街の中にあることもあって、ひっきりなしに人が来るので大概の人は苛立っているような素振り。

私はレジをしながら列が長くなっていくのを見ただけで焦るし、買い物カゴに大量に入れてくる人やイレギュラーな注文をしてくる人がいると思考回路がショートして仕事の優先順位を間違えたりすることも多かった。

研修の時だけは夕方のシフトに入っていたのだが、その時は店長のおばさんが手取り足取り優しく厳しく教えてくださっていたのでなんとか気は保っていたものの試練はそれからだ。

朝勤を共にするのが副店長のおじさんだったのだが、この人が自分にとって最悪の組み合わせだったのである。

まず平気で無視をしてくる。わからないことを聞いても取り合ってくれない。レジが混み始めてヘルプで呼んでも素知らぬ顔。コミュニケーションが取れなくて、早速バイトの時間を迎えるのが憂鬱になり始めた。

自転車で勤務先へ向かう時に長いトンネルを通るのだが、近づくにつれてだんだん足取りが重くなっていった。
「しんどーい。無理ー。あのじいさんと仕事すんの嫌ー。」と考えれば考えるほど、足の重みは増す。


仕事が始まって3時間なんて社会人になった私からしたらあっという間なのに、当時は気が遠くなるほど長く感じた。

極め付けだったのは、朝の忙しい時間帯に起こったある出来事だった。

女性がレジの方へ歩いてきて「トイレで人が倒れています」と報告をしてきた。
驚いて急いでトイレへ向かうと長髪の20代後半くらいの男性が倒れているのを発見する。

髪の毛は数日間洗っていない感じに油ぎっていて、目は虚ろだった。相当お酒を呑み倒したのか、はたまた薬でもやっているのかという感じの雰囲気だ。

慌てて副店長を呼びにいったものの、やはり取り合ってはくれなかった。何なら「自分でどうにかしろよ」くらいのことまで言われた。

私は気が動転していてもあまり表に出ないのが長所でもあり短所でもあるのだが、今回はそれが悪いほうに転んでしまった。副店長の目にも全然焦っているふうに映っていなかったのだと思う。

副店長の態度を見て脳内にクールポコが現れて、「な〜〜に〜〜!!??」とまじめさんが大声で叫んでいたというのに、一つも副店長には届かない。
せんちゃんは何も言わない。

じゃあ、男は黙ってなんとかするしかないか、と腹を決めてその男性を介抱する事に決める。

顔には出さなかったが内心は怖くて仕方なかった。
「大丈夫ですか?」と声をかけると「自分で出れますから〜」と酔い潰れた彼に「そんな状態で出れる訳ないやろ」と心の中でツッコめるくらいは冷静にいたけれど、終始うわ言を繰り返している男が次の瞬間にでも手を出してきたり凶器を取り出して危ない行動に出ないかヒヤヒヤした。

結局、15分ほどかけて外にその男を外へ送り出すことはできたけれど副店長は一回も様子を確認しにもこなかったし、気にも留めていない様子だった。

それを見て「もう辞めよう」と決めた。このままじゃ何をするにも気力が無くなってしまう。
私が仕事をするにおいて大切なのは、お金を稼ぐ以前に良好な人間関係なのだと強く自覚した。

コンビニは思っていたよりも接客業というよりサービス業だったし、相手に丁寧に接客しようとするだけ変にエネルギーを使ってしまう仕事なのだな、と。
それと共に私が今からつけなければいけない力は、言葉や態度をありのままで受け取ってしまわないことだと理解した。

今まで周りの人に恵まれていたゆえに、どんな言葉もまっすぐ受け止める癖がついてしまっていた。でも仕事においてはいちいち傷ついてしまうと業務に支障が出てしまう。

一方的に心を病んでしまうのは危険だということも過去の経験からわかっていたので、「合わない」と思ったら早めに手を打つのが当時の自分にとって最適解だ。
結果的にシフトを少しずつ減らしていった末、店長と相談してその店でのバイトを辞める運びとなる。

自分で働いた時間の対価がお金として頂ける、という初めての経験は確かに新鮮だったけれど、それ以上に「自分が将来働く上で大切にしたいのは何なのだろう」ということを考え始めるきっかけとなったのが初バイトでの出来事だった。

結局、バイトはバイト。勉強する事が疎かになっては本末転倒だから、辞めるからって罪悪感を背負いすぎたりする必要はない。

確かに店にとっては人がいなくなることは負荷がかかってしまうけれど、結局数日後には別の人が働いていたりする。自分じゃなければ代わりはいない、なんてことはないのだ。

そこからまた数年後、私はまた別のバイト先にお世話になる。
そのことについてはまた日を改めて書こうかと。

兎にも角にも、副店長みたいな人は今も苦手なのには変わりないけれど、おかげさまで無愛想な人にも耐性がついた事には感謝している。
今思えば人生であった中でもトップクラスで情緒不安定な人やった気はする。

だって、バックヤードに入れば急に気前がよくなったり、退勤する時に電話口で子どもみたいにダダをこねているところも見た事がある。
当時の私も大概気分の波は凄かったけど、その方もかなりだった。

レアカードを引いた、という事にしておきましょう。
まあ、終わった事なんで。めでたしめでたし。

読んでくださりありがとうございます。 少しでも心にゆとりが生まれていたのなら嬉しいです。 より一層表現や創作に励んでいけたらと思っております。