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想いは密かに

「先生さ、マスクしてない方がかっこいい」
大人なら思っていても言わないであろうそんな爆弾発言を、目の前で私の膝に座りながら遠慮なく放ってきたのは今年の3月に卒園した年長組の女の子である。

私も私で、コンプレックスだらけの学生時代ならそんなこと言われた日にはショックを受けて自分をさらに卑下しまくっていただろうが、大人になってからはメンタルが起き上がりこぼし並に仕上がっている。
それくらいわかりきった事だ。食らっても一瞬で戻る。

「ねーえ、そんなん言わんといてー!先生だってマスクつけてなかったら初めからこの顔で会ってたんですー」と負けじと応戦する。

そもそも、こんな事を言われているのは某ウイルスが蔓延ったせいである。
あれがなければ2歳クラスで担任をした時から5歳クラスになるまでの約3年間、こちらの素顔をほぼ知らないなんてことにはなっていないはずだ。

兎にも角にも、思ったことを平気で口にできてしまうメンタルを持つ子は一定数いるのだが、特にその卒園児の事を私はすごく覚えている。

その子は昔からとにかく素直に感情を顔や言葉に出すので、いい意味で今どんな気持ちか分かりやすかったし、悪い意味で「今はそういう事言うのちょっと抑えてー!!(焦)」と思うこともしばしばあった。
でも、それだけ感受性が豊かだったから心の変化も著しかった。

実際にさっき書いたマスクの一件も、次の日にはお手紙で毎日の感謝の言葉と共に「せんせい、ますくつけてなくてもかっこいいよ」と書いてくれていた。なんて気遣いができるのだろうか!

そうなのである。沢山自分の気持ちを発信する分、人の気持ちもきちんと受け取ってもいるのである。頭がいいのだ。

そんな彼女には小学生のお姉ちゃんもいるので、その友達と関わることで女の子特有の空気も覚えてしまい一時期友達の事を陰で悪く言ってしまうような事もしばしば。
その度に人の気持ちを考えることを伝えていたけれど、彼女もまた友達に同じような事を言われるタイミングがあった。

その子はいつも強気で言う割には打たれ弱い部分もあって、友達に嫌なことをされた時には気持ちを受け止めながらも、「友達も意地悪な事をされたら同じような気持ちになっているかもしれないね」と諭すように話をしているとお迎えが来るまでしょぼんとしていた。
でも何かは考えている様子だった。

「先生もね、昔お友達にそういう事を言われてとても悲しかった時があったよ。だから素敵な〇〇ちゃんもそんな意地悪をするような人になってほしくないなと思ってる」

自分の事を話に出すということはその子が誰かに言う可能性もあるのでリスクを伴うことでもあるけれど、それを背負ってでも彼女には伝えておこうと思った。
この子ならわかる部分があるんじゃないかな、と思っていたから。

特にそれ以降は何か大きな話をしたわけではないけれど、何気なくその子と話をする時に繰り返し最近はどうか気にするようにしていると次第にそういった悲しい言葉を使うことは無くなっていった。
以前のように素直に自分の気持ちを出しておしゃべりするのが大好きな彼女に戻っていた。

その子は手紙をよく書いてくれたり、家であった事をよく話してくれる。
飼っている犬がやんちゃで私の書いた手紙をめちゃくちゃにしてしまった話、いつも家で服を選ぶのに時間がかかっちゃって怒られた話、新しいキャラクターのハンカチを買った話。そんな日々のやり取りの中で伝えることを伝えていたら言葉遣いも少しずつ変わっていったように思う。

そんな日々の中でまたある変化が訪れた時がある。
当番中にお絵かきコーナーで、みんなのブームが『塗り絵』から『自分の好きなものを描く』ということに移行し始めていた。友達に誘われてノートを開いた彼女の近くへ行ってみると「絵を描くの苦手なんだよね」とポツリと呟いたのだ。

いつもは天真爛漫なその子が自信なさげにしている姿は珍しかった。

そんな時こそ私の出番である。
絵を描くときのコツを教えながら、一緒に色んなものを描いてみる。その子に合った楽しみ方を探していくと知らぬ間にみんな絵を描くことが好きになっていく。

昔はよくサイン会のごとく「ポケモン描いて〜」とノートを持ってきて描いてあげると大喜びしていた子どもたちも、いつの間にか自分で描くことのほうに楽しみを覚えていった。

ちなみにこの時の子どもたちの心の変化に嬉しさを覚え、こんなふうに苦手意識のある人が楽しんでそれに向かっていけるための力になりたいと思って現在のYouTubeのイラスト講座を始めたことにもつながっている。

卒園が近づいてきた3月、とても嬉しかった出来事があった。
発表会での劇が終わってクラスも落ち着いてきた頃、当番中にその子がお絵かきコーナーで一生懸命何やら描いているのが見えた。

近づいてみると、クラスのみんなの事をまるで演劇のパンフレットに載っているキャストのページのように一人ずつノートに描いていた。
絵を描くのが苦手と言っていた彼女が、劇で着ていた役の衣装もきちんと着せて、名前まで丁寧に描いていた。

一年前のその子ならお気に入りの子だけ描いていたのだろうなと思ったりもしながら、だからこそその子にとってみんなで作り上げた保育園最後の劇や合奏がどれだけ心に残ったんだろう、と思った。全員描くのに時間だって相当かかったはずだ。

胸が熱くなった一方で一つだけ面白かった事がある。好きな男の子のことだけその子が劇でやっていた役とは別で王子様役で描いていたところだ。そういうところはやっぱり彼女らしいなと思ってくすっと笑ってしまった。

沢山の出来事を通して、その子はとても立派になっていったのだが、登園最後の日にもう一つとても嬉しいことがあった。
その子のお母さんに最後のご挨拶をした時だ。

「あ、そうそう!来月からダンス習うんです。先生みたいに踊れるようになりたいって言ってて」
初耳だった。そんなことは数週間一言も言っていなかったのに。いつもの彼女なら嬉々として話してきそうなのに。

恥ずかしかったのか、それとも、秘める、ということも覚えたのかしら...?

今となっては保育園には居ないことに時々寂しさは覚えるけれど、今も彼女らしく突き進んでくれているといいなと思う。

半年後、一年後もダンスを続けているかな。いや、別に無理に続けていなくてもいいのだけれど。
色んな感情を大切にしながら、自分も周りも大切にして生きてくれたら、私はそれだけで十分である。

長い時間がかかっても想いが強ければ人は変われる。

学生時代の体育の授業をほぼ見学と欠席で貫いていた私が、今ダンサーとしても活動していて心身について考えているくらいなのだから、なにが起こっても不思議ではない。

どんな未来が待っているかなんて、誰もわからないもんですなぁ。

読んでくださりありがとうございます。 少しでも心にゆとりが生まれていたのなら嬉しいです。 より一層表現や創作に励んでいけたらと思っております。