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光る君へ(26)まひろと道長の夫婦喧嘩を比較してみた・大河ドラマで学ぶ脚本テクニック

大河ドラマ「光る君へ」が面白い。ということで、「「光る君へ」で学ぶ脚本テクニック」と題した動画を作っていくことにしました。動画といっても内容はスライドとテキストなので、noteにも載せていきます。今回は第26回の学びポイントです。
歴史の知識や「源氏物語」については一切触れませんので、予めご了承ください。


今回の学び:愚かなまひろ

第二十六回は、道長と倫子、まひろと宣孝、それぞれの夫婦喧嘩が、対比される形で描かれました。
この対比から浮かび上がるのは、倫子の「かしこさ」と、まひろの「愚かさ」です。

今回は、これまでで最も惨めで、最も愚かなまひろの姿が描かれた回だったように思います。

まずは2つの夫婦喧嘩を比較し、それから、まひろの愚かな姿が描かれた理由について考えたいと思います。

道長と倫子の夫婦喧嘩

まず、道長と倫子の夫婦喧嘩を振り返ります。
喧嘩の原因は「娘・彰子の入内」です。

道長は、一条天皇の政を正すために、愛娘の彰子を入内させる決心をします。妻の倫子はそれに強く反対します。

「相談ではございませんでしたの」

倫子は道長をなじります。
道長は「許せ」と倫子に頭を下げます。
しかし、珍しく感情的になった倫子は、こう言い放ちます。

「殿…どうしても彰子をいけにえになさるのなら、私を殺してからにしてくださいませ。私が生きている限り、彰子を政の道具になどさせませぬ」

ところがこの後、倫子は豹変します。これほど啖呵を切ったにも関わらず、です。
数シーン後、倫子は態度を180度変化させます

「私も肝を据えました」
「内裏にあでやかな彰子の後宮を作りましょう」

道長よりもノリノリのセリフで、倫子は道長の背中を押します。

しかし私たちは、倫子のこういう変化に驚くことはありません。なぜなら、これまで何度も、倫子が豹変する場面を見てきているからです。

道長と結婚するときも、まひろが父親の就職を頼みに行ったときも、倫子は豹変しましたよね。

倫子は「豹変キャラ」なのです そしてそれは倫子の まひろとはまた別の「かしこさ」のあらわれです

倫子の豹変は、高貴な存在として、政治家の妻として、すぐに軌道修正できるという聡明さのあらわれです。

この「かしこい倫子」の姿は、宣孝との夫婦喧嘩で描かれる「愚かなまひろ」の姿とは対照的です。

まひろと宣孝の夫婦喧嘩

まひろと宣孝の夫婦喧嘩は2度描かれます。
1度目は、宣孝がまひろの手紙を他の女に見せたことが原因です。この喧嘩は、ウヤムヤになって終わります。

2度目は、宣孝の浮気が原因です。
このシーンで宣孝は「わしが悪かった」と頭を下げますが、これは先ほどのシーンで道長が「許せ」と頭を下げたことを受けています。

今回の宣孝は、結婚前とは一転して、夫としての「クズっぷり」が際立っています。道長と比較すると、その印象はさらに強くなります。

「同じ妾なら、なぜあのとき道長の妾になっておかなかったのか」まひろでなくとも、そういう後悔が込み上げます。

しかし、このシーンの脚本的なキモは、夫である宣孝のクズっぷりではありません。

まひろが「負の感情」をどうしても抑えることができず、思わず「らしくない」ことをしてしまう。
「かしこい」主人公が「愚かな」振る舞いをしてしまう
この場面の主題はそこにあります。

直前のシーンで、まひろは弟の惟規(のぶのり)から宣孝の浮気を聞かされます。

「今回は黙っておくわ」

余裕ぶって弟に言うこのセリフが秀逸です。なぜなら、この「かしこい」セリフを自ら裏切ることによって、かつてない「愚かさ」が際立つからです。

宣孝に浮気相手と同じ贈り物を渡されて、まひろは思わず皮肉を言ってしまいます。

宣孝が女好きであることは百も承知で結婚したにも関わらず、感情のまま宣孝をなじるのは、かしこい振る舞いとはいえません。

「お前のそういうかわいげのないところに左大臣様も嫌気がさしたのではないか?」

このセリフは、まひろの皮肉に対する宣孝の意趣返しです。

これを聞いてまひろは逆上し、火鉢の灰を掴んで宣孝の顔面に浴びせます。
まひろが怒ったのは、言うまでもなく、図星を突かれたからです。

道長と別れたのは、妾になることをまひろが拒否したからでした。自分でも分かっているからこそ、宣孝には言われたくない。その気持はよくわかります。

しかし、一時の感情に流され、これほど怒りを露わにするるまひろは、今回が初めてではないでしょうか。

自分の感情をかしこくコントロールできる倫子と比べると、このまひろは一層愚かに見えます。

本来かしこい主人公であるまひろを、今回どうしてこれほど愚かに描いたか。
その理由は言うまでもなく、道長との再会につなげるためでしょう。

メロドラマの法則

「光る君へ」は、有り体に言えば「メロドラマ」です。

いろいろなところで、まひろと道長は「ソウルメイト」だと紹介されていますが、これはおそらく、大河ドラマを「メロドラマ」だと言ってしまうと、ちょっと軽い感じに捉えられる恐れがあり、PR的に憚られるためだと思います。

しかし、メロドラマは映画でもドラマでも、王道ジャンルのひとつであり、歴史的な名作もたくさんあります。

メロドラマはそもそも、主人公が「愚か」でないと成立しません。「かしこい恋愛」など、誰も見たくはないのです。

そういう意味で、ただかしこいだけのキャラではメロドラマの主人公にはなり得ません
まひろのキャラをよろめかせてこその「光る君へ」なのです。

次回以降、まひろの愚かさが更に描かれ、メロドラマが盛り上がることを、個人的には期待しています。


最後までお読みいただきありがとうございました。

背景画像:
From The New York Public Library https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47e3-fe62-a3d9-e040-e00a18064a99

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