組織内マーケティング力としてのファシリテーションスキル
「医学界新聞」第3439号の「実装科学でめざすEBMの次の一手」という記事に書かれている話は、医療・看護にかぎらず、どんな組織にも当てはまる。
それは、「どうすれば新たな取り組みを組織の現場に根づかせることができるか」ということ。
実証研究をやって、ガイドラインをつくっても、じっさいに職場で活用されるまでには時間がかかる。組織の現場に落とし込むためには何が必要なのか?
この記事では、次の一手として人材育成がカギになると結論づけているけど、それと同時に(というか、その中の重要な要素として)、ファシリテーションスキルの獲得が大きな決め手になるような気がする。
取り組みを組織に根づかせる方法が語られない!
EBM(Evidence-based Medicine:エビデンスにもとづく医療)とは、個人の直感や経験ではなく、実証研究から得られた科学的な根拠にもとづいて医療を行っていこうという考え方。
一般のビジネス組織でも、実証研究やデータにもとづくマネジメントをやっていこう、なんてことが叫ばれているのと同じこと。
ところが、実証研究にもとづくガイドラインをいっぱいつくって、実践事例が積み上がってきたものの、幅広く職場で活用されるようになっていないのはなぜ? という話になってきた。
その大きな要因は、どうすれば取り組みを組織に根づかせることができるかについての研究があまり行われてこなかったこと。
これ、ビジネスやマネジメントの分野でも状況は同じ。
「こうすればうまくいくよ」という、実証研究にもとづいたコンセプトや理論、取り組みのステップがつぎからつぎに紹介されているわりには、どうすれば職場に根づかせることができるかという話はとてもすくない。
なんとなく、「そのあたりは各現場でそれぞれ工夫してね」みたいな暗黙の了解のもとで話が進んでいるような気がする。
「研究」アプローチの限界
ガイドラインを職場に根づかせることがむずかしい例として、この記事では禁煙治療が挙げられている。
禁煙治療は、社会的な必要性が高まり、実証研究が行われ、しっかりとしたガイドラインもつくられたものの、とくに中小企業では、なかなかその取り組みが組織に根づいていない。
この記事には、その背景に以下のような理由があると書かれている。
ここに挙げられている取り組みの阻害要因は、喫煙対策や喫煙治療とは直接的に関係しない、ごく一般的な組織やマネジメントの課題だ。それに、こうした個々の組織の特殊事情を反映した要因は、調べれば調べるほど、他にいくらでも出てきそう。
だとすると、データにもとづき、できるだけ多くの組織の共通点を洗い出し、取り組みの理想型を取り出そうとする「研究」のアプローチは、取り組みを組織に根づかせる方法としては、あまり効率的ではないような気がする。
ここで必要なのは、さまざまな特殊要因が重なり合う、それぞれの組織の個別事情にぴったりとフィットする「型」を見つけることなのだから。
取り組みを組織に根づかせるために必要なこと
たとえば数百社を対象にした実証研究から、8割の確率で「こうすれば取り組みがうまいこと組織に根づくよ」というパターンが明らかになったとする。
ところが、自分の職場や組織が残りの2割に当てはまる場合は、そのパターンは役に立たない。だから、一般的なパターンでの取り組み推進をさまたげる個別要因をイチから探り出す必要がある。
また、職場や組織が8割の側に属していたとしても、一般的な取り組みパターンが100%フィットするということもないから、取り組みを長つづきさせるためいは、職場や組織に合わせてマイナーな変更・修正を加える必要が出てくる。
ここでもやはり、職場や組織の個別事情を調べなければならない。
そういうわけで、新たな取り組みを組織に根づかせようとすれば、「こうすればいいよ」というやり方を知り、実践するだけでなく、自分たちの職場や組織に特有の促進・阻害要因を自分たちの力で見つけだし、一般的な取り組み推進のステップに大幅な変更、あるいは微調整を加えることが不可欠になってくるはずだ。
答えは取り組みを実践するメンバーの中にある
もちろん、新しい取り組みを根づかせるために、自分たちの職場に特有の促進・阻害要因を調査研究する余裕がある、なんて組織はほとんど存在しない。
では、どうすればいいのか?
そのヒントが、2017年に出版された「組織変革の航海術」で取り上げた取り組み事例の中にある。
「組織変革の航海術」は、さまざまな看護組織の組織変革事例を取り上げ、そこに共通してみられるマネジメントやリーダーシップの構造を、関わった看護師の方へのインタビューを通じて明らかにした本。
ここで慶應義塾大学附属病院のEBM導入の取り組みを検討したが、取り組みを推進した看護師の方へのインタビューの中で、とても印象的な話を聞いた。
その人は、取り組みの導入段階でミーティングのファシリテーター役を務めたが、最初のころは、「エビデンスをすべて探し出し、提供することが自分にできるだろうか」という不安があった。
しかし、ミーティングを重ねていく過程で、自分に求められる役割やミーティングにおけるメンバー間の対話の方向性に関する認識が大きく変わったそうだ。
この発言に描き出されているのは、「こうすればいいよ」という決められたステップを確実にこなすのではなく、職場や組織に特有の促進・阻害要因をメンバー間の対話の中から見つけだし、取り組みを組織に根づかせるために必要な変更や修正を明らかにすることの大切さだ。
そして、このプロセスではファシリテーションがきわめて重要な役割を果たすということ。
組織内マーケティング力としてのファシリテーションスキル
ファシリテーションというと、合意形成や相互理解、イノベーティブなアイデアの創出にメンバー間の協働の促進といった目的を実現するためのツールとしてとらえられることが多いけど、こうした働きの土台となっているのは、対話を通じた自己理解・他者理解の促進だ。
メンバー間の対話が活性化されることで、知らずしらず感じたり、考えたり、行動していたりすることへの気づきがうながされ、合意の形成や相互の理解、新たな視点の獲得に協働にむけた着想が生まれてくる。
このことは、ファシリテーションが、組織メンバーが真に求める取り組みのあり方を探り出すツールとしても使えることを示している。
取り組みを推進するプロセスにしっかりとファシリテーションを組み込むことで、マーケティングで消費者インサイトを探り出すように、1人ひとりのメンバーに潜在する取り組みの促進要因・阻害要因を明らかにすることができる。
新たな取り組みを組織に根づかせるための必要な次の一手が人材育成にあることは間違いないだろう。でもそれは、決められた手順を確実に実行できるスキルを学ぶだけでは不十分だ。
組織内マーケティング力としてのファシリテーションスキルを身につけることで、取り組みを根づかせる働きかけと、それぞれの組織の実状にあった変更や修正の必要性を明らかにするプロセスを同時進行させる力をつけることがとても重要になってくると思う。
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