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9.11から20周年の日に/一日一微発見245

20世紀末から21世紀を生きるすべての者にとって、9.11のワールドトレードセンターの崩壊の映像は、体に掘った刺青のように消える事は無い。

僕はポラロイド写真を撮るのだが、以前出版した写真集『wastland guide』の写真ページの最後は、 9.11の日に、ワールドトレードセンターが崩れ落ちるTV画面を撮影したものだった。

あの日から20年が経った今日。
いろんなことが脳裏をよぎる。僕はこの秋に『アート戦略2/アートの秘密を説き明かす』を刊行するが、その中に、杉本博司さんとインゴ・ギュンターのインタビューが入っている。

彼らはともに9.11の時にニューヨークにいて、「事件」を間近で体験して、それによって、自分の中で「何か」が明確に変形し、自らがアーティストであることの意味が、はっきりとシフトした人たちだった。
そのことが、この本に収めた彼らのインタビューに色濃く印されていたことを、この日改めて反芻する。

また同時に、ニューヨークにいた坂本龍一さんのことも思い出したし、「事件」が起こる前に、ワールドトレードセンターがあったバッテリーパークで、鬼才パルタバスの曲馬劇を見たことも。

あそこにあった流政之の彫刻、アーティストのブルーニングのアパートメントに行ったら、その部屋がグランドゼロの真横で、そのブラックホールのような場所を覗きこんだこと。

そして、9.11の後に、ブッシュの号令で、アフガンでの戦争が始まるに至るあのジリジリした日々のことが、血の色のついた糸のようにとめどなく繰り出されてきた。

アートはテロや戦争に対して何ができるのか。
「無力」なのか「無力でない」のか。
その問いが植え付けられたのだと思う。

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