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心の奥の奥にじんわり沁みる歌集 ―「音楽/岡野大嗣」感想—

歌人、岡野大嗣さんの第三歌集「音楽」、すごく好きな歌集です。しんとした切なさとやわらかな優しさが心の奥の奥に沁みるような歌集でした。こう……奥の奥なんですよね……。心の最深部に沁みるというか。最深部まで突き刺さるのではなくてあくまでじんわり沁みていって最深部に届く、という感じ。それが心地よい。「音楽」を読むとすっと心が落ち着いて楽になる気がします。歌集として流れを感じながら読むとこの切なく優しい世界に浸れていいなって思います。


好きな歌をいくつか引用して感想を書かせていただきたい。


つらいね、のいいねをつける これしきのことで救った気になって消す

P24

あるなぁ。SNS、まあツイッターのことだと思う。フォロワーさんの落ち込んでたりしんどい思いをしてるようなツイートを見ると本当に励ましたい気持ちになる。でもリプ送るのも逆効果かもしれないし、とか考え出すと何もできない。「つらいね、のいいね」すごく分かる。その思いでいいねつけるときある。でもなんにしてもエゴだし私は無力だしって思うとやるせなくて結局見なかったふりするようなときもある。難しいよね、SNS。SNSに限らず人を思いやること、そのために行動すること。正解が分からないもんな。


フライングタイガーで要らない物を買う 元気はそれで出ることがある

P37

フライングタイガーはしばらく行ってないんだけどこれは分かる。色にあふれてて何に使うんこれ?っていうものがあって、その中で要らないものを買う。そういうことで自分を元気にしていきたいな。


てきとうに当てにこられた名のどれも似合ってしまう犬だったこと

P53

スマホの画像見せながら「これ、うちで飼ってた犬」「なんて名前?」「なんだと思う?」「うーん、○○とか?…ちがう?じゃあ○○!んー…じゃあ○○!」みたいな会話してるのが浮かびました。二人とも笑ってる。でも飼い主のほうはすこし切なくなったりしてる。「だったこと」。飼い主は犬との別れを経験してると思うから。


音楽の話をしたい宴席のはずれで宴が嫌いなきみと

P69

この歌大好き~~~!!!パブサしたらあんまりツイートしてる方いなくてあれ?ってなった。もっと話題になって良いのに……!
これは社会人の二人で、男女というよりも同性の友達二人を想像しました。
会社の飲み会があって、こういう場が好きじゃないきみはみんなの輪に入らず端っこで一人で飲んでいる。僕(主体)はきっとこの場に上手く馴染めているんだろう。人当たりよくて上司に可愛がられてたりして。でもほんとはきみと音楽の話がしたいと思っている。僕もきみも音楽が好き。きみと好きな話してる方が何倍も楽しいのになって思ってる。というイメージです。あー、好きだなぁ。


前がみえる程度に下を向いて歩くときどき前が明るくてみる

P87

これは岡野さん、なんでこの感じ分かるの?って思った短歌。結構切実にしんどいときの私こんなだった。前見る気力もないというか。下向いて歩いてて前がなんか明るいなってときだけちょっと顔上げて見る。ほんとにこの些細な動作をそのときの心の暗さを、どうして岡野さんは知っているんだろう。こういうときあるのかなぁ。


寝れていてごはんも食べれていてほしい シャンプーを流しながらよぎった

P112

この「音楽」という歌集は離れて暮らしている父から誕生日プレゼントでもらったものです。父はよく美味しいもの食べるんだよ、しっかり睡眠とるんだよって言ってくれます。だからこの短歌を見たときに、ああ、と思いました。父のことだなぁと思ったし私が父に思ってることでもあるし。それでこの短歌をLINEで父に送って「私もこの気持ちだよ」って送った。送れて良かった。父も気に入ってました。
「シャンプーを流しながらよぎった」、すごく切実な願いというより日常の中の祈りという感じ。歌単体で読むとよぎっただけで特に連絡はしてないのかもしれないな。でも「寝れていてごはんも食べれていてほしい」って思ったのはほんと。


人ごみ、と言いたくないというきみと多くの人のなかで手をつなぐ

P114

好き……。初見で唸りました。ほんとにすごい。「人ごみ」という言葉は音だけ聞くと「人」「ゴミ」だということ。気にしたことなかった。きみは「人ごみ」という言葉を聞きたくないと言ってるわけじゃなくて言いたくないと言っている。きみの中の小さなこだわり。でもそれはきみの心の大事なところでのこだわりだと僕(主体)は知っている。だから「人ごみ」を「多くの人のなか」と言い換える。僕の優しさに胸がいっぱいになる。きみは繊細で、僕も繊細なのだと思う。このふたりが手をつなげていることが良かったと思う。切なくなるほどに素敵な歌。大好きです。


以上です。好きな歌はまだまだたくさんありますが今回はこの辺りで。岡野大嗣さんは「忘れたくないものを忘れても平気になるために短歌を作っている」とあとがきに書いています。岡野さんがそっと掬い上げる日常、そのときどきの感情、きっとみなさんも共感したり心に沁みたりする歌があると思います。素敵な短歌がたくさん収録されていますのでみなさんもぜひ読んでみてください。


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