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名前のない鳥

その鳥(名前はない)が、実家にやってくるようになって4年ほどが経つ。胸元は少し青みを帯び、全身は茶色をしている。スズメよりも2回りほど大きい。鳥に詳しくないので種類はわからないが、とても愛らしい姿をしている。

あるときから、その鳥が車庫に住み着くようになった。毎日車庫の片隅の同じ場所に身をかがめ、体を休めているように見える。毎日ほぼぴったり18:40に戻ってきて、朝車庫のシャッターを開けると決まって外へ飛び立つ。それが毎日繰り返されるのだ。

糞をすることもないので特に害はなく、夕方になると家族みんなが、鳥が帰ってきているのかを確認しに行く。いつもの定位置に姿を見つけると、安心して電動シャッターの「閉じるボタン」を押すのだ。

鳥がやってくるようになって最初の年、3月中旬になり、少しずつ春の気配を感じるようになった頃、鳥がパタンと帰ってこなくなった。家族みんなが心配し、毎日夕方にそわそわして鳥の帰りを待ったものだ。しかし、結局鳥は帰ってこなかった。

「何かあったのだろうか」「他に帰る家を見つけたのだろうか」そんな会話も日増しに少なくなり、鳥のことを忘れて過ごしていた。

翌年の9月下旬、夏の暑さは残りながらも朝夕が涼しくなったころ、鳥がまたやってくるようになった。昨年とまったく同じ場所に、まったく同じ時間に帰ってくるようになったのだ。少しふっくらとしているようにも見えるが、やはり昨年と同じ鳥のようだ。

また、鳥のルーティンが始まった。毎朝どこかへ出かけて行っては、夕方18:40には律儀に戻ってくる。きっと、渡鳥なのだろう。冬の間は寒さを凌げる場所で体を休め、暖かくなるとどこかへ飛び立っていく。それが毎年繰り返されている。

それにしても、鳥が持つ時間と空間の認識力にはおそれいった。調べてみると、鳥の方向感覚は驚異的で、数年離れていても同じ場所へ戻ってくることができるそうだ。生まれながらにして、高性能のナビを搭載しているようなものだろう。

先日、実家に帰省した折、夕方母が興奮した声を出してリビングへやってきた。「鳥が戻ってきた!」家族みんなで車庫へ向かうと、定位置に黒い影が見える。いつもと同じ方角を向いて、当たり前のように、ただ静かにうずくまっている。騒いでいるのは人間だけだ。「頼むから静かにしてくれ」とでも言いたげに、こちらに顔を向けることもなく、ただ座っている。

「今年も無事に戻ってこれたね」と、心の中で話しかける。もはや、家族の一員のような気さえする。昼間、鳥がどこへ行き、何をしているのかを知ることができたら、と思う。



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