一日一菓

エッセイ/旅の記憶/食べること/生きること

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  • 旅の記憶

    旅はわたしにとってなくてはならないもの 人生の旅の記憶

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ストックホルムの画家

スウェーデンのストックホルムで、夕方、海辺を散歩していた。2日前、ヨーロッパを周遊する長距離バスEurolinesで到着したばかりだった。強烈な夏の西陽を浴びながら、私はスケッチブックを広げられる場所を探していた。 絵心があるわけではないけれど、旅先では何かしら絵を描くことにしている。無数のボートのうちの1隻を描いていると、背後から低い声がした。 「Are you an artist?(アーティストなの?)」 見ると、50代後半くらいの男性だった。短パンにビーチサンダル

    • 卵は万能選手だ。卵そのもののおいしさはもちろんのこと、一緒に調理する食材のおいしさもしっかりと引き出してくれる。また、全体をまろやかにまとめる力もあり、まさにオールラウンダーといえる。 卵が冷蔵庫にないとなんだかそわそわして、落ち着かない。今朝、冷蔵庫を開けたら、卵のパックに残りは1つだけ。今日、出かけた帰りに買ってこなくちゃ。忘れないよう、スマホのメモ機能に「卵」と書き込んだ。 お気に入りは月に一度訪れる日曜市で買う平飼い卵。農家のNさんとは知り合いで、一度鶏たちが育っ

      • 買い出しのあとに

        食料品の買い出しには、ほぼ決まったルートがある。まずは近所の産直から。ここはとても巨大で、野菜や果物、肉、魚、パン、卵、惣菜、菓子など、なんでも揃っている。県外のナンバープレートの車も多く、いつもたくさんの人で賑わっている。その日の朝に、生産者自らが並べる野菜はとても生き生きとしていて、しかも手頃な値段で手に入る。 野菜売り場では、季節の変化を感じることができる。日中はまだまだ暑いけれど、最近はレンコンやさつまいも、落花生などが並んでいて、秋が着実に訪れていることを知る。月

        • モーニング

          家ではなかなか仕事が捗らない。パソコンの前に座っていても、ついゆらゆらとネットの海を彷徨い、気づけば時計の針が30分も進んでいる。「これではいけない」と思い立ち、外で仕事をすることにした。 翌朝、車で30分の場所にあるコーヒーチェーン店へと向かった。その店は朝7時から開いていて、モーニングが有名だという。8時半に店に到着すると店内には人が少なく、「どこでもお好きな席にどうぞ」と通された。 一番奥の窓際、4人掛けのテーブルに座る。メニューを眺め、カフェインレスコーヒーとモー

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          栗ご飯

          わたしが暮らしているのは、全国でも有数の栗の産地。9月上旬頃から走りの栗が産直に少しずつ並び始め、10月には盛りを迎える。我が家にも立派な栗の木が2本あり、毎年大きな実をたわわにつけてくれる。近所の人から「栗拾いは夕方にするのがいいよ。夜をまたぐと猪に食べられてしまうからね」と、教えてもらったのは昨年のこと。それ以来、蚊が多い夕方に火バサミと栗を入れる大きな入れ物を持って、栗の木へと向かう。 昨年、栗のイガ用の厚手の手袋を購入したが、これが素晴らしく便利なものだった。それま

          嬉野

          時間がぽっかりと空いたので、佐賀へ行くことにした。出発の2日前に思い立ったので手頃な宿が取れるか心配だったが、鄙びた古い温泉宿に部屋を確保できた。嬉野を訪れるのは初めてのこと。今回は宿でゆっくりと本を読もうと思い、図書館で借りていた本2冊をバッグに押し込んだ。 到着したのは11時頃。嬉野は温泉湯豆腐で知られている土地らしい。たくさんある中、どの店にしようかと迷い、結局、観光客にも人気という老舗豆腐屋の湯豆腐定食に決めた。湯豆腐は、専用の調理水で温めると湯が白濁する。まるで豆

          つないだ手

          自然豊かな山間の集落で暮らしている。車で10分も走れば、とてもきれいでおいしい水が湧き出す水源が2つもあり、夏場は月に2〜3回、水を汲みに行く。よく行くほうの水源のたもとにはこじんまりとした無人の神社がある。目の神様が祀られていると聞き、水をいただいた後にはお礼参りをしたあと、最近著しく落ちてしまっている視力の回復をお願いして帰ってくる。 水源ではあまり人に会うことはないが、今日は珍しく人の姿があった。50〜60代くらいの、夫婦づれに見える男女。きちんとした身なりをしている

          つないだ手

          思いやりに満ちた人

          先日、知り合いを招いてうちで食事をした。誰かを招くとき、つい料理をつくりすぎてしまう。数日前からなにをつくろうとかと考え、その日は6品(鶏と蓮根の水餃子、夏野菜の白味噌煮込み、じゃがいもの酢の物、トマトと茗荷といちじくのサラダ、緑豆のお粥、かぼちゃの蒸しプリン)とぶどうを用意した。 実は、頭に引っかかることがあった。それは「彼女が基本的に菜食をしている」らしいことだった。以前、そのような話をしていたような気がするけれど、外では肉や魚も食べると言っていたような。本人に事前に確

          思いやりに満ちた人

          ちらし寿司

          毎年、夏に食欲が落ちることはほとんどないが、今年は食が進まない。そうめんにうどん、冷奴、焼きナス、冷やしトマト、オクラなどさっぱりしたものばかり体が欲しがり、甘いものも受け付けない。エアコンのない台所は蒸し暑く、午前中だというのにたっぷりと汗をかく。なるべく火を使わず、短時間で食事の用意をしたい。 「さあ、何が食べたい?」と(自分に)聞いてみると、まず思い浮かんだのがちらし寿司だった。ちらし寿司は年に数回つくる。寿司は具材さえ用意すれば混ぜ合わせるだけと簡単。さっそく近くの

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          フットパス

          「ロングトレイルパス」という言葉を知ったのは、小島聖さんの著書『野生のベリージャム』の中でだった。彼女は全長340kmもある北米のトレッキングコース「ジョン・ミューア・トレイル」を、20日間歩いた。ピークを目指す登山ではなく、長距離自然道を歩く旅。湿原や湖、花崗岩の山々といった景色に出会える、ハイカー憧れのトレイルだ。 「歩く」という行為に魅せられた人は実に多い。わたしも一生に一度は海外のトレイルを歩こうと決めているが、まずは国内の自然道から。身近なところでは、鹿児島の霧島

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          暑中見舞い

          今年の夏は、暑中見舞いのハガキを2枚出した。どちらも東京に暮らす友人宛て。全国から人が押し寄せる、地元名物の夏祭りをイラストにした絵ハガキを選ぶ。そのハガキを購入できる店は限られているので、見つけると4〜5枚、まとめて買っておく。 住所と宛名を書いたら、文面を書く箇所は少ししか残っていない。少し小さめの文字で、「毎日暑いけれど、元気に過ごしていますか?」と書き始める。スマホのメッセージで送れば相手にすぐ届くし、相手が読んだかどうかもわかるけれど、それでは味気ない。夕方、少し

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          万年筆

          長いこと、万年筆を欲しいと思っていた。手紙を書くとき、原稿用紙にエッセイを書くとき、手に馴染む万年筆でサラサラと文字を書けたら愉しいだろうな、と憧れていた。文豪たちのエッセイに「原稿は万年筆で」などという箇所を見つけると、居ても立ってもいられなくなる。 でも、どんな万年筆を買えばよいかがわからない。せっかくならモンブランやペリカン、セーラー、パイロットなど名だたるメーカーのものを、と思うも、値段もピンからキリまで。高いものだと十万円を超えるものもある。 万年筆初心者には手

          月曜日の朝

          昔は月曜日の朝が嫌いだった。学校や会社に通っていたとき、週末が終わるのが名残惜しく、また1週間が始まるのかと思うとうんざりした。会社員だった頃は通勤のために満員電車を乗り継ぎ、1時間立ちっぱなし。ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で必死に吊革にしがみついては、毎朝、一体何をしているのだろう、と思っていた。 会社員を辞めて独立してからは、月曜日の朝が好きになった。どこへ行っても人でごった返す週末が早く終わってしまえばいいのに、と思う。用事を入れるのはなるべく平日。車が少ないし、店だっ

          月曜日の朝

          大人の習い事

          小学生から高校生まで、ピアノを習っていた。中学生になるとさすがに練習用のピアノが必要になり、両親が中古のピアノを買ってくれた。狭い借家には不釣り合いの黒々としたピアノは玄関を入ってすぐの居間においてあり、壁がとても薄かったので、下手な演奏を延々と聞かされ、お隣のNさんは正直迷惑していたかもしれない。家計が決して楽とはいえなかった我が家で、人並みに10年間ピアノを習わせてくれたことに、とても感謝している。 社会人になってから、なにか習い事をしたいと思っていた。最近は「大人の部

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          古本市

          先日、近所で開催された古本市へ出かけた。年代物の巨大な蔵で年に2回開催される名物市で、県内外の古書店が20ほど参加する。開始時刻に合わせて到着すると、蔵にはすでにたくさんの人が集まっていた。絵本のみを扱う店、ミステリーを専門とする店などさまざまで、値段も100円、2万円などピンキリ。まずは、入り口近くの店から順に流していく。 蔵の中は少し涼しいかも、と期待していたけれど、多くの人でごった返す空間はとても蒸し暑かった。化粧をせず出てきたのでマスクをつけていたこともあり、さらに

          今日もひとしきり叫ぶ

          山の家へ帰る日。帰省ラッシュと日中の暑さを避けるために、早朝4時に出発する。外はまだ真っ暗、少しだけ風がある。暗いと余計なものが目に入らないからか、運転中の目の疲れが若干緩和される気がする。途中、3回短い休憩をとり、3時間半弱で到着した。 荷物を家の中へ運び込み、窓をすべて開け放つ。だけど、風がまったくないので、空気がきちんと入れ替わっているのかわからない。ただ、外の熱気を室内へと招き入れただけのような気もする。玄関先に置いていた鉢植えのハーブは完全に枯れてしまったので引っ

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