【短編】エンジェルロードの確信犯(3分)
その場所を知ったのは、彼女の紹介だった。
「ね、エンジェルロードって知ってる?」
僕が首を振ると、彼女は得意げに話し始める。
「小豆島ってあるじゃない? そこに潮が引いた時間しか歩けない道があるんだって。そこがエンジェルロードって呼ばれてるの」
「なんで"天使"なの?」
「それは知らないけど、とにかくそこで好きな人と手を繋いで歩くと願いが叶うんだって」
ロマンチックでしょ? と話しながら、僕の質問を華麗にスルーする。夢見心地な眼差しからして、ささやかな疑問のことすら忘れているらしい。
「今度の休み、行ってみようか、小豆島」
「ほんと? 連れて行ってくれるの?」
彼女の目が輝く。これはつまり僕がセッティングする流れなのだろう。いつものことだから分かってはいたが、実に彼女らしい鮮やかな手腕。僕はそれに苦笑いしながらも、嬉しそうな顔に口元がほころぶ。
こういう笑顔に、男は弱いのだ。
それから二週間後、僕らは小豆島にいた。急遽決めた旅行だが、初日から快晴。お目当ての天使の散歩道も無事に渡れそうで、彼女もご満悦。僕も内心でホッとしていた。
彼女の言う"エンジェルロード"は青い海の間にポッカリと浮かび上がった細道で、確かにどこか神秘的なものを感じさせてくれた。
僕らは手を繋ぎ、満を持して一歩を踏み出す。
彼女はウキウキ顔をしつつも、真剣に何かを願う顔。その顔を愛おしく思いつつ、僕も自身の願いを心の中で願い続ける。
叶え、叶え、叶え。
青い空の下、たくさんのカップルたちが足並みをそろえて歩く。永遠の愛を誓い合うため。僕らはその間をすり抜けるようにして進んだ。
それから僕らは近くのホテルに一泊し、東京へと帰った。急いで決めた割には、我ながら良い旅だったと思う。
「良いところだったね、小豆島」
「うん、景色も綺麗だし、また行きたいなぁ」
彼女が名残惜しそうに言う。旅行に満足してくれたらしいことが僕には嬉しかった。
「でも願いが叶うって言うのはやっぱり迷信なんだね」
少し残念そうに呟く。ロマンチストなところも可愛らしい。
「何をお願いしたの?」
「うーん、それがね、思い出せないの」
大事なことだった気がするんだけど忘れちゃった、と彼女は首を傾げている。その隣に座り、彼女を柔らかく抱きしめる。頭を撫でると、さっきまで話していたことなど気にもとめていない様子で身を委ねてきた。
あぁ、僕の大切な恋人。
僕よりも好きな人がいた、僕の恋人。
叶わない恋なんて、忘れてしまった方がいい。あんな男より、僕の方がずっと君を幸せにできる。
気がつくと彼女は僕の腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
なるほど、どうやら願いは本当に叶うらしい。
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