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【連載小説】満開の春が来る前に p.3

 新しい配達先に変わってから、更に数日が過ぎた。

一人暮らしをしているアパートのそばに立つソメイヨシノが、今にも咲き出しそうにつぼみを膨らませている。

 太一さんが後任に俺を選んだのは、彼女のことがあったせいなのではないかと思いはじめていた。他にわざわざ俺を指名する意図がどうにも見つからないのだ。

 理由というほどじゃないが、もしかしたらと思えるくらいの原因は一つだけある。

 やはりこういった仕事は、どうしても学生が大部分を占める。

するとそれなりに話す機会は出てくるし、俺と太一さんのように仕事以外で遊んだりする人たちもいる。基本的にバイト生同士の距離が近いのだ。

そのため何か変わったことがあると、その情報や噂はまたたく間に広がっていく。

それが分かるバイト歴の長い俺に、後を任せたかったのかもしれない。

こんなに朝早くに、毎日待っていてくれる人なんてそうはいない。それも若い女性ともなればなおさらだ。俺が喋ればすぐにこのことは広まってしまうだろう。

しかし分からないのは、そうまでして彼女の存在を隠したかった理由だ。

それにこんな不確実なことをするより、直接頼んでくれれば自分から申し出たし、他の仲間に漏らしたりもしない。太一さんはいったい何を考えていたのだろう。

考えてもこれ以上、何も分かることはなかった。

太一さんの考えも分からないから、彼女に聞くのもなんだかためらわれる。かといってあえて言わなかったことを太一さんに聞いてもいいものだろうか。

もやもやした気持ちを抱えたまま、毎日の仕事をこなしていく。

「岩瀬さん! おはようございます!」

「澤平、おはよう」

今日の仕事を終えた帰り道、バイトの後輩の澤平に会った。

冷えた体を温めようと、ホットの缶コーヒーを自販機で買ったところだった。

あまり大きな声では言えないが、寒い日はここで小休止をする。それがわずかな楽しみでもあるのだ。

ようやく顔を出した太陽が、ひんやりとした空気を少しずつ溶かしていく。

少し古めかしい住宅の多いこの地区だが、整然としていない家々に差し込む光はなんだかとても綺麗だった。

そういえば澤平も最近、俺が配達している地区のとなりに配布先が移ったという話を聞いた。

ここ最近は小山内さんの計らいで早めに配達に行かせてもらっていたから、あまり会う機会がなかったが。

「休憩ですか?」

「そう、まだ朝は冷えるからさ」

缶コーヒーのプルタブを開けながら言った。俺も飲もう、と澤平が羽織ったダウンのポケットを漁っている。

「そういえば、岩瀬さんが回ってる地区、何か変わったことありません?」

「え?」

 澤平に突然そうと問われて、俺は焦ってしまった。もしかして、俺が言わなくとも彼女のことがすでに噂になっているのだろうか。

 そう思ったことが顔に出たのか、澤平は慌てて言った。

「いや、深い意味はないんですけど。結城さんがいなくなってから一週間だけ、俺があの地区の担当だったから、ちょっと気になって……」

 語尾を弱めながら、澤平がぼそぼそと言った。

 そんな話は初耳だった。確かに太一さんが辞めてから俺が配属されるまで、一週間ある。その間も誰も仕事をしないというわけにはいかない。誰かが必ず穴埋めをする。

 ということは、澤平も彼女を知っているのかもしれない。更には俺が不思議に思っていたことの答えも。

 俺は心配そうな目をしている澤平に、思いきって聞いてみることにした。

「そんな風に聞くってことは澤平が回ってた時、何かあったの?」



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