自由に生きることを夢見る翔の自己紹介(追記)
こんばんは。翔です。
前回、自己紹介を真面目に書いたつもりだったのですが、嫁が完成度の高い自己紹介を投稿をしたので、僕も少し詳しく自己紹介をしなきゃなと思い、改めて投稿することにしました。
ということで、早速ですが、
目立ちたがり屋な少年時代
幼い頃は目立ちたがり屋な性格で、保育園のマーチングでは指揮者をやったり、小学生で習っていたバスケではキャプテン、中学校の部活でも部長をやらせてもらいました。
実は人前に立つ直前まで緊張してしまうんですが、大勢の代表として何かを成し遂げた後の達成感がたまらなく快感で、なんだかんだそういった役職を任せてもらっていました!
突然、リーダーが恥ずかしくなる
高校に入ると、羞恥心を覚えたのか急に目立つことが恥ずかしくなりました。なのでリーダーはやらず、リーダーと仲良くするという微妙に脇役のスタンスにシフトしていきました。つまり、集団における発言力はちゃんと確保するという立ち位置ですね(笑)
こっちの方が聞こえが悪い(笑)
ですので、高校と大学の部活動では部長に立候補せず、盛り上げ役に徹していました。
盛り上げ役っていったい何をしたかというと、高校ではBBQを企画したり、部員の誕生日をみんなで祝う風習を作りました。
大学でも今までなかったBBQを恒例行事にしたり、スノボ旅行、いちご狩りを企画しました。こういったイベントの企画運営は場所選びから交通の手配まで主催者として動き回るのは大変でしたが、部員のみんなが楽しそうに参加してくれるのが嬉しくて、それを原動力に頑張ったのを今でも覚えています。
なぜ農業に興味を持ったのか。
僕は幼い頃から具体的な将来の夢はなく、地元に帰って自由に生きていければどんな職種でも構わないと思っていました。
ところが、高校3年生のある日、進学先の学部選択の時が訪れました。
元々何となく理数系が得意だったことから工学部を志望していました。ところが工学部の進路を調べてびっくり!
システムエンジニアや自動車メーカーといったいわゆる「機械系の職種」ばかりでした。それを見た時に初めて僕は自分が機械に興味がないことに気づきました。
じゃあ自分は衣食住の中で何に興味があるのかと自分に問いただしてみることにしました。そこで初めて自分が「食」に関わる仕事をやりたいと思いました。
特に地元の山梨県は果物が有名な県です。いずれは山梨県内で仕事をやりたいと考えていたので、学部選択では山梨県産の果物を強みにできるであろう農学部にしようと考えました。
なぜいちご農家になろうと思ったか
なんで数ある職種の中で僕がいちご農家を志したのか。
まず1つ目は嫁がいちご農家をやりたがっていたから。
これはふざけた理由と言われるかもしれませんが、実際のところ一番の理由がコレですね(笑)。
ただ、やらされているのではなくてやりたいことは確かですのでご安心を。
そして2つ目は学生のころから社長になるのが夢だったから。
なぜそう思ったのかというと、僕の父は土建屋の経営者(自称:雇われ社長)で、母親はそろばん塾の先生をやっています。こんな家庭で育った僕は自分の時間軸で自由に働く両親を見て勝手に憧れを抱いていました。だから将来はどんな職種でもいいから絶対社長になりたいと強く思っていました。成人式の時は「将来は社長になるから!」って友人に言っていました!まさか農家になるとは思っていなかったですけどね(笑)。
そして三つ目はイチゴが好きだから。
僕は幼い頃からブドウとイチゴが好きでした。
地元山梨県では毎年秋になると知人から食べきれないほど沢山のブドウをいただくので幸せな幼少期だったと思います。
イチゴは祖父母の家が栃木県なので冬休みに遊びに行くと大好きな栃木県産のとちおとめをおばあちゃんが用意してくれていました。イチゴを食べるときは赤くて甘い先端ばかりを食べて、白い部分を残していたら、大人たちに怒られたのを覚えています(笑)。
最後に四つ目が自分の専門性を発揮できるから。
これは真面目な理由ですね(笑)。僕は農学部を卒業しています。学生の頃は果物の梨の研究を行っていました。意外と熱心にやっていたので先生には褒められることもたまにありましたよ!(笑)。そして現在の職業は農業職で種苗会社に勤めていますので、イチゴ苗の栽培管理を行っています。まだまだ経験は浅いですが、このキャリアを活かせる絶好のチャンスだと思って嫁の夢であるいちご農家には僕も賛同しました。
おわりに
以上が僕の自己紹介です。
嫁のようにセンスのある文章ではありませんが、今後の投稿で個性を出していけたらなと思っております。
みなさま今後とも「苺屋あとりゑ」の軌跡をお楽しみ下さい。
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