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片想いのmusic(エピローグ)

エピローグ

「ただいま。」

「あ、おかえりー。」

ムーンハイツ203号室のドアが開き、坂本健吾が部屋に入って来る。
金色に近かった髪は黒をベースとした青いメッシュになっていた。
ワンルームながらも、キッチン、リビング、そしてバス、トイレは別で75000円。
最寄りのJRの駅までは徒歩10分弱。
たまたまふらっと立ち寄った不動産で見つけ、即決で住む事になったこの部屋に来て、今日でちょうど一年。

去年のクリスマスに引越しをし、その一年後だから、今日はクリスマス。
当然の事だが、二人にはそれが嬉しくてたまらなかった。

「買ってきたぞ。」
「え?何なに?」

キッチンから、小さめのエプロンをかけた美沙子が出てきた。
あの美しく黒光りしていた髪を茶色に染め、ウエーブのパーマがかかって、大人っぽくなっている。
健吾の右手に持たれた白いビニール袋から出てきたのは、深い緑色をしたビン。英語で書かれたラベルが貼ってある。

「キャー!待ってました!」
「だろ?俺も一回やってみたくてな。こういう洒落たクリスマス。」
「あれからもう一年かぁ。」
「早いもんだな。」
「そうね。」
「明日の飯はどうする?」
「去年と同じでいいんじゃない?あたしあそこ好きだし。」
「お前、あそこのパスタが目的でブッキングしてんだろ?」
「まぁね。って言うかそれが7割くらいかな。」
「ったく。」
「さ、食べよ?」
「そうだな。んじゃあさっそく…」

健吾がシャンパンを手に取って、栓に親指をかけた。
美沙子は少し離れ、耳をふさぐ。
ポンッ!という音と共に、栓が勢い良く飛び出し、壁に一度当たった後、健吾の足元に落ちた。
泡がこぼれる前に、慌ててグラスを手に取る。
透明なワイングラスに、透き通る紫色の水が半分ほど注がれた。

「それでは、ここでの生活1周年と、メリークリスマス、って事で。」
「かんぱい。」

チンッという乾いた音が部屋に響いた。

 

「やぁ、待ってたよ!」

新宿の一角にあるビルの一階の入り口の脇にある階段を降り、地下に行くと、洒落た緑色のドアがある。
それを開けるとガランガランという音がした。
正面にはカウンター席があり、その奥に、大柄で太っている顔の半分がヒゲで埋まった男が立っていて、二人を見ると顔を輝かせた。

「大竹さんまた太ったんじゃない?」

美沙子が大竹と呼ばれたヒゲ男の腹を見る。

「いやー、なんたって毎日たらふくパスタ食ってるからなぁ!」
「自分の食事もパスタなんですか?」

健吾が背中にかけていたギターを下ろしながら驚いた声で聞く。

「ったりめぇよ!うちのは天下一品だからなぁ。余所のなんか食えたもんじゃねぇし、毎日食ったって飽きやしねぇ!」
「大竹さん、ここのが美味しい、って事は私達も心から認めますけど、毎日じゃ体に良くないわ。しかもそんな太るまで食べなくたっていいのに。」
「あはははは!みっちゃんにはいつも痛いトコ突かれるな!来年からは気をつけよう!なっ!」
「そう言えば大竹さん、あの店の前の張り紙はなんですか!」
「あはははは!いいアイデアだろ?あれだけ派手に宣伝しときゃあ今夜はこの店はフィーバーだ!あっはっは!」
「そんな、僕ら宣伝受けるほどじゃないんですから。」
「何を言う!うちに来て演奏してくれる時はいつもお礼あげてるだろぉ?それは立派なギャラ!仕事料!金もらってるんだからあんたらはプロだ!それにこの前なんてちょこっと渋谷でビラ配っただけで大盛況じゃないか!」
「あれはたまたま…」
「それに帰り際に、「また聴きたいな。」って言ってたお客さんたくさんいたんだよ?自信持ちなさい!私が保証するから!」
「ありがとうございます、店長。」
「おっと!みっちゃん、店長なんて呼ぶなや。あんたみたいな綺麗な人にそんな呼ばれ方されたら照れちまう。」
「それじゃあ、僕ら準備しますね。」
「おう、よろしく頼むぜケンちゃん!」

二人はカウンターの反対側にある一段高いステージの上にギターを置いた。

「マスター。」

カウンターの大竹の斜め前でコーヒーを飲んでいた白髪の男が大竹に声をかけた。

「おう、なんだいカツさん。」
「あの子らがあれかい。あの…」
「そう、あの有名な「イヴ」の二人だよ。」
「へぇ、あんな若かったんかぁ。」
「そうだよ。あたしも最初会った時はビックリしたさ。」
「こりゃあ今日はゆっくりしてかんといかんなぁ。」
「お、んじゃあコーヒーもう一杯入れるか。」
「頼むよタケさん。」

ガランガランという音が店内に響いた。

「いらっしゃい!」

大竹の声につられ、健吾がドアの方を向いた。
見た事のある二人が立っていた。
黒いスーツに、薄い青のワイシャツ、淡い緑のネクタイで、オールバックの髪の男。
肩の広く開いた、黒く光沢のあるロングドレスに、長いブロンドの髪で、少し濃い目のナチュラルメイクが自然に顔になじんでいる女性。

「貴志?!香澄?!」
「この前この店来たらあんた達の名前が出てるんだもん。ビックリしちゃった。」

ブロンド美女が赤いハイヒールを鳴らして近づいてくる。

「久しぶりだなぁ、元気してたか?」
「見ればわかるだろ。」

香澄の頭一個上で黒いオールバックの中村がネクタイを緩めて声を出す。

「相変わらずだなぁ、おまえは。」
「聞いたわよ?あんた達同棲してんだってぇ?」

学生時代よりも100倍は綺麗になった香澄が肘で健吾の体をつつく。
健吾の鼻に、何かを誘うような甘い香りが漂った。

「ど、どっから聞いたんだ…待てよ?」

健吾が目線を大竹に移す。

「その目は…言っちゃイケなかったんだな?」

白髪の男にコーヒーをいれ終わった大竹は、コーヒーを持ったまま苦笑いを浮かべた。

「ったく熱いこと熱いこと。」

香澄が自分の手で顔を仰ぎながら、後ろを向く。

「そんな事より、おまえらはどうして一緒にいるんだ?」
「え…?」
「あ、そう言えばそうね。」

美沙子も参加してきた。

「たまたまそこで…」
「俺らも一緒に住んでる。」

スマシ顔の香澄の上から核爆弾が落ちた。

「はぁ?!マジで?!!」
「ホント?香澄?」
「あー、もうなんで言っちゃうのよ!」
「なにが悪いんだ。」
「そりゃあなぁ、言えないような話題もあるからだろぉ?」
「うるさいわね!」

顔を真っ赤にした香澄の平手が健吾の手前数センチの所を通過した。

「今日はどこへ行ってたんですか?そんな格好で。」
「第九だ。」
「ダイク?」

本気でわからない顔をしている健吾。

「第九って、あの第九?オーケストラの?」

本気で聞く美沙子。

「ああ。」
「あたし達、芸術派だから。」
「ほぇ~。」
「なによ、そのリアクション。」
「いや、意外なんだけど、みょーに納得できるな、って。」

香澄が中村を見上げ、少し微笑んだ時、後ろから大きな声が聞こえた。

「おまえさん達メシまだだろう?うちのパスタでも食いなぁ!」
「キャンっ!マスター気がきいてる!また好きになっちゃったかもぉ!」

美沙子が駆け足でカウンターに向かう。

「嬉しいねぇ。しかし勘弁してくれ。あそこでにらんでる男が来年からこの店に客呼んでくれなくなっちまう。」
「え?にらんでなんてないですよ!」
「あははははは!!さぁ、君達も食え!うちのはうめぇぞぉ!」

それから一時間、店内には笑い声が絶えなかった。
さらに一時間後、次から次にお客さんが入ってきた。
一昨年まではしっかりギャルをやってた健吾のファンクラブ会員も、すっかり大人っぽくなり、軽い正装で現われた。
二年目にして「恒例」となった、新宿地下パスタバー「シリウス」でのクリスマスライブ。

今夜はあのバンドが復活し、去年とは比べ物にならないくらいの盛り上がりを見せた。

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