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さすが八百八橋ですね〜って口走ったら無言だったので平謝りして北浜から京阪乗りました。

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大阪難波行きの特急ひのとりは5分遅れの18時49分に入線してきた。
このときわたしはすごくぼーっとしていて、ひのとりの写真をまったく撮っていなかった。大失態である。しかし、たかやまさんが動画を撮影していたので、それを切り取らせてもらう。

ありがとうたかやまさん!

たかやまさん曰く「適当に撮ってたやつ」らしいが(たしかにちょっとボケてる)、なにもないよりずうううっとマシである。ありがとう。わたしはこの日の夕方以降はなんだか疲れてしまっていて、ほとんど写真を撮っていない。歩きすぎたのだろうか。

6両編成のうち指定された座席は3号車だが、わたしたちは最後尾の1号車の扉から乗る。1号車のデッキには「カフェスポット」と称するコーナーがあり、コーヒーマシンと小さな自販機が置いてある。それを見学したかったのだ。

カフェスポット。コーヒーは200円

いちがやさん
「微妙におしゃれだね」

ささづかまとめ
「AGFのホットコーヒーが作れて、あとこっちの小さな自販機のほうにはスープとか紅茶とかのパックもありますよ」

いちがやさん
「コーヒーの機械からお湯出して作れるんだね」

たかやまさん
「この自販機、食べ物がSOYJOYクリーム玄米ブランしかない。どうなってるの」

たかやまさんは不満そうである。大きさと賞味期限の問題だろう。せっかくだからコーヒーを飲んでみよう、ということになる。列車が津を発車して動き出す。

ささづかまとめ
「コクのある味とすっきり味が選べるみたいですけど、どうします?」

たかやまさん
「コクのあるほうで」

いちがやさん
「私もそっちかな」

ささづかまとめ
「じゃあみんな同じですね」

コーヒーの好みが近いのは3人で喫茶店に行くときに常々感じていた。薄いのとか酸っぱいのは3人とも好まない。ただ、たかやまさんはフレッシュも砂糖も2人分入れる。いちがやさんはフレッシュを少しだけ。わたしは両方ひとつずつと、いちがやさんが余らせたフレッシュを入れる。だいたいいつもそんな感じ。コーヒーを3杯作り終えると、デッキ全体がいい香りで満たされた。

いちがやさん
「紙コップかわいいねえ」

品のある赤色に、落ち着いた黄色でロゴが印刷されている。

ささづかまとめ
「はー、新品持って帰りたいです。ペン立てとかに改造したいですね」

いちがやさん
「だめだよ、迷惑なファンになっちゃうよ」

ささづかまとめ
「ですよねえ」

たかやまさん
「これじゃダメ?」

たかやまさんが小さな自販機の下段を指差した。ひのとりのロゴや車両の写真を使ったハンカチやキーホルダーが売られている。

ささづかまとめ
「そういうグッズも素敵なんですけど、本当は鉄道ファンって、実際に列車が営業するときに使われている資材とかがほしいんですよね」

いちがやさん
「だからそれは迷惑だって」

ささづかまとめ
「ですよねえ。まあグッズも買うんですけど」

800円のキーホルダーを買った。残念ながらひのとりに車内販売はないけれど、その代わりであろうカフェスポットのサービスはこれからも続くといいなと思う。


コーヒーを片手に車内を進む。途中、2号車と3号車の間にある喫煙室(※ひのとりの喫煙室は2024年3月1日に廃止されました。後日付記があります)にいちがやさんがナチュラルに吸い込まれていく。喫煙室=入らなきゃ、みたいな感じである。吸えるところではとりあえず吸っておこうという感じ。わたしたちは先に着席する。

たかやまさん
「これさーさちゃんの分」

たかやまさんがとなりに来て、わたしの席のテーブルを開く。近鉄四日市駅のコンビニで買い物したビニール袋から、わさび味のいなり寿司とバタービスケットサンドなるものを取り出して置く。

たかやまさん
「食べて」

ささづかまとめ
「わたしに買ってくれたんですか?」

たかやまさん
「うん。お腹すいてない?」

ささづかまとめ
「ちょっとすいてました。ありがとうございます」

たかやまさん
「うん。いちがやさんがお金出してくれた」

そうなんだ。あとでお礼を言っておこう。

たかやまさんはわたしの後ろの席に座る。2人席の特急列車の場合は大抵、わたしが前の席にひとりで座って、いちがやさんとたかやまさんが後ろにふたりで座る。何回かいっしょに旅行しているうちに、自然とこのフォーメーションがいいとなったのだ。混んでいるときは通路を挟んで座ったりすることもあるけれど。3人で鉄道旅行をするとなると、普通はこの点で気を遣うことになりそうだ。

襲いかかってくる眠気に耐えて撮った妙な写真。背もたれから背中が離れなかった

いちがやさんとたかやまさんにごはんをプレゼントしてもらったのはいいが、いかんせん眠い。空腹と眠気をわさび味のいなり寿司とコーヒーで追い払おうとするが、眠気に勝てそうにないと察する。
うとうとしながらリクライニングを全開にする。ひのとりはすべての座席にバックシェルがついていて、後ろの席に遠慮することなく好きなだけリクライニングできるのだ。しかも、足元には靴を脱いで使えるフットレストもある。

マッサージチェアに座っているような体勢で眠りに落ち、気づいたときにはちょうど奈良県内唯一の停車駅である大和八木を出るところだった。

「月に2回も大変だったと思う」
「だからって私に同じことする?」
「うん。私から一度やってみたかったから」
「まだ覚えてるんだね。忘れると思うって言ってたのに」
「うん、覚えてる。今日は私のわがままだった。ごめん」
「別にいいよ。でもさーさちゃんは内心とまどってるんじゃない?」
「さーさちゃんのことは気にしないでいい」

起きちゃいけない。
とっさにそう思う。座席の後ろから聞こえてくる、ふたりの秘密の会話。聞いてしまったから、そのうちたかやまさんに正直に言おう。でも、今は旅行中だ。明日もある。今だけは聞いていないことにしたい。

「さーさちゃんは全部わかるから大丈夫。今わかってなくても、そのうちわかってくれる」
「信頼してるねえ」
使い魔みたいなものだから」
「以心伝心ってこと?」
「うん。なんでも笑って受け入れてくれるいい子」

そんなことないですし、そもそもなにもわかってないんですけど。と思いながら、ひとまず会話の内容のことは置いておいて、再び眠りに落ちた。


次に起きたときには大阪上本町を出た直後だった。終点のひとつ前の停車駅だ。急いで支度をする。夜だからどうせ外の景色も見られないし別にかまわないが、さすがにリラックスしすぎである。まるで列車に乗ったという感覚がない。

再びたかやまさん撮影の動画から。「さーさちゃん、電車のアナウンス好きって言ってたから動画撮っておいた」。画像下の背もたれの向こうでわたしが慌てて支度している

大阪難波には20時11分に着いた。5分遅れ。近鉄四日市からずっと5分遅れたままだった。着くなり車掌が大きな声で車内にアナウンスして、乗客を叩き起こして車外に出す。遅れているのはわかるけれど、有料特急のわりにずいぶん余裕がないなと思いつつ、地下ホームに降りると理由がよくわかった。

回送列車となったひのとりが出ていくとすぐ同じホームに快速急行の神戸三宮行きが滑りこんできたからだ。なるほど、後ろが詰まっていたのか。あれ? でも難波って終点じゃないの? 三宮行き? へ? と寝ぼけた頭で思いながら、いちがやさんを先頭にエスカレーターを上る。
エスカレーターを上っている最中に「お、今エスカレーターの右に立ち止まってる。すごい」と思う。
わたしの前に立つたかやまさんが振り返って「私、わなか会津屋行ってくるけど、さーさちゃんもいっしょに来る?」と言う。
あ、ちょちょ、ちょっと待って。情報量、多いです。

ささづかまとめ
「えーっと、つまりあの、いちがやさんはどこ行くんですか?」

エスカレーターを上がって改札口を出て「早く行こう、さーさちゃん。ねえねえ。わなか閉まっちゃう」とテンション上がりすぎてわたしの腕を引っ張るたかやまさんをなだめながら、わたしが尋ねた。

いちがやさん
「電気屋さんにちょっと用事が、ね」

ささづかまとめ
「へー、電気屋さん…」

いいなあ、電気屋さん行くの。

たかやまさん
「へ!? 大阪来てもビックカメラ行きたいの?」

わたしが若干うれしそうな顔をしてしまったせいか、たかやまさんが引いていた。別に嘘ではない。結局、営業時間の都合もあって、たかやまさんはひとりでたこ焼きを食べに行き、わたしといちがやさんは地下街を歩いて、パチンコ屋の上にある家電量販店に行った。

いちがやさんはイヤホンのイヤーピースを無くしてしまったらしい。2階の売り場で探す。有名なメーカーのものらしくすぐに見つかり、買い物は10分もかからず終わった。ついでにエスカレーターで7階に上がり、おもちゃコーナーを冷やかす。

ささづかまとめ
「さっきのオーディオ売り場の若い男の店員さん、みんな蓬莱さんに見えませんでした?」

いちがやさん
「蓬莱さん?」

ささづかまとめ
「ミヤネ屋の天気予報の人です」

いちがやさん
「はあ。ミヤネ屋は知ってるけど…」

そう言っていちがやさんはスマートフォンで検索する。

いちがやさん
「あっははは、わかる。雰囲気ね、この雰囲気。んはははっ」

いちがやさんはしばらく笑っていた。すごくウケた。赤いベストが似合いそうな蓬莱さんである。


なにも買わずに地下街に戻り、近くの喫茶店に入った。たかやまさんに現在地を送る。いちがやさんはホットドッグを食べて、わたしはワッフルを食べる。
いちがやさんが喫煙席に行っている間に、たかやまさんが入店してきた。

たかやまさんは着席して、お冷を持ってきた店員さんにビーフカレーとアイスコーヒーを注文した。すぐに供されてそれをバクバクとほおばって嚥下する。口に入れてから飲みこむまでがものすごく早い。

いちがやさん
「たこ焼きどうだった?」

たばこ(たぶん3本くらい)を吸い終わって戻ってきたいちがやさんが声をかけた。

たかやまさん
「食べた。お昼ほど並ばないから早かった」

ささづかまとめ
「おいしかったですか?」

たかやまさん
「うん。ほかのお客さんの男の人がずっと話しかけてきて集中できなかったけど」

ささづかまとめ
「え?」

いちがやさん
「たこ焼き屋さんでそんなことある?」

たかやまさん
「たぶん海外からの女ひとり旅だと思われた」

いちがやさん
「へー、勇気のある人だ」

たかやまさん
「別に話しかけてくるのはいい。でもごはん食べてるときにずっと話してくるのは嫌」

いちがやさん
「そうだよね」

ささづかまとめ
「やっぱりわたし行けばよかったですかね?」

たかやまさん
「んー、たぶんあんまり変わらない。別にいい」

そう言ってたかやまさんはアイスコーヒーのグラスに直接口をつけて飲み干した。


その後は地下鉄に乗って淀屋橋のホテルに向かったが、予約が取れていなかった。どうやらわたしが予約したのは天満橋にある同系列のホテルだったらしい。ホテルスタッフの蓬莱さん(この人も似ていた)に丁寧に道を教えてもらい、天満橋に向かった。

いつもはわたしのミスに寛容ないちがやさんも、さすがに少し無口になっていた。わたしもホテル自体を間違えるのは初めてである。たかやまさんは歩く距離が増えて喜んでいた。その気持ちはよくわからないが、そのポジティブな雰囲気に救われる。天満橋のホテルはだいぶ年季が入っていた。自動チェックイン機でチェックインすると22時をまわっていたが、たかやまさんは昼より元気そうだった。

おやすみを言って自分の部屋に入って数分して、部屋のドアがノックされる。たかやまさんが遊びに来た。たかやまさんはいつも自分の部屋をあまり使わず、大抵の場合はわたしの部屋に遊びに来て、そのついでに眠っていく。今日もそうなるのだろう。

ホテルの部屋からたかやまさんが撮った。天満橋は明るい街だが静かだった

わたしがシャワーを浴びたり歯を磨いたりしている間、たかやまさんはベッドの上でうつぶせになってオープンワールドのゲームを遊んでいる。わたしが面倒くさくなってやらなくなったセーブデータをたかやまさんが引き継いでいる。
尋ねるとあの小さなポシェットの中に、

コントローラー(青)
コントローラー(赤)
ゲーム機本体

と分割されてきれいに収納されていたらしい。着替えは持っていないのに。


わたしは部屋の電気を消した。明かりはベッドの読書灯と、窓から入ってくる街の光だけになった。

たかやまさん
「ひのとりでいちがやさんと話してたの、聞いてた?」

たかやまさんが小さな画面の中で操縦桿に扇風機をくっつけながら言った。

ささづかまとめ
「聞いてないです」

たかやまさん
「……、ほんとに聞いてない?」

わたしの回答が予想外だったらしい。ゲーム機の画面の地面の黄色と木々の緑色を表す光が、たかやまさんのきょとんとした顔を柔らかく照らす。

ささづかまとめ
「はい。聞いてないです」

心臓の鼓動するリズムが少し早い気がする。

たかやまさん
「そっか。聞いててほしかった」

木を伐採する手を止めて、たかやまさんはわたしを見てにこりとした。

ささづかまとめ
「残念ながら、聞いてないんです」

わたしもにこりとした。

たかやまさん
「ふふっ、じゃあしかたない」

たかやまさんは笑ってまたゲーム画面を見つめる。セミダブルとは名ばかりの狭いベッドの上で、うつぶせのたかやまさんと、仰向けのわたし。

ささづかまとめ
「先に眠りますね」

たかやまさん
「うん」

ささづかまとめ
「おやすみなさい」

たかやまさん
「おやすみ」

遠慮がちに響くコントローラーのボタンの音を心地よく聞きながら、わたしはまぶたを閉じた。

(おわり)


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