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スピンオフ小説『みんな猫のせいだ』

この短編は、NovelJam2018秋(テーマ「家」)にて出版した小説『みんな釘のせいだ』のスピンオフ・ストーリーです。
(著:最堂四期)

『みんな猫のせいだ』

釘の声が聞こえる男、宗方永治。相変わらずこの現象は、超能力かノイローゼかハッキリしない。そんな彼の勤める工房に、出入りする野良猫がいっぴき。普通じゃないこの猫は、つくられたばかりの"無垢な釘"と出会うーーそして釘と永治に訪れる変化とは。

――――――――――――――

 わたしはただの猫である。
 野良猫なので名前はない。
 毛並みはキジトラ、瞳は金の、立派な日本猫である。
 
 今日は暇つぶしとして和釘工房に忍び込んだ。
 ここでは3人の人間が『鉄』から『釘』をつくっている。
 昔はもっと人がいたはずだが、いつのまにか減っていた。
 
 わたしに名前はないのだが、この工房の女主人は、わたしのことを「ぐんた」と呼ぶ。
「あら~ぐんたゴメンなさいね、今はちょっと手がはなせないの」
 開かれた窓の下に座るわたしに、女主人は申し訳なさそうに声をかけた。
「猫の手も借りたいくらい、なんてねぇ」
 彼女は発注書をひらひらと振っていじわるそうに笑う。
「ただの猫には、ちょ~っとむずかしいかもねぇ」
 そう言い残すと、女主人は作業場の奥に引っ込んでしまった。

 確かにわたしは、ただの猫だ。
 しっぽが2本ある以外は。
 
 ちょうど先月、齢100を超えた身だ。
 世間では長寿の猫を化け猫として「猫又」なんて呼ぶらしい
 2本目のしっぽは"生えかけ"なので、誰が最初に気づくか楽しみである。

 猫又のわたしは長寿のおかげでずいぶん賢くなったので、人の言葉はだいたい分かる。
 もちろん、分かるのは人の声だけではない。
 耳をすませば聞こえてくる。
 カァンと弾く音と共に、”彼ら”が産まれる時の声が。

『いたぁい』
 そこに「怒り」や「悲しみ」の感情はない。
『いたぁいよ』
 ただ「反応」を返しただけの幼子の声。
 金槌で形をつくられゆく、生まれたばかりの"和釘"の声だ。

「……今日のはずいぶんウルサイな」
 金槌をふるう男が文句をこぼした。
 彼の名前は宗方永治(むなかた・えいじ)、まだまだ若い釘職人だ。

 作業台の近くにいたわたしにようやく気づいたのか、永治はぶっきらぼうに告げた。
「向こう行ってろ、ぐんた」
 此処に入ってほしくないのなら、工房を鉄の扉で閉ざせばよい。
 それをしないというのなら、歓迎するのと同じことだ。

 わたしは永治の足元に寄って、背中の辺りをすりつけた。挨拶のようなものである。
「ニャアン」
「はいはい」
 永治は釘の声は聞くくせに、わたしの声を聞く気はない。
 わたしのお尻をぺしぺしと叩くと己の作業に戻ってしまった。
 永治はまだ、2本目のしっぽに気づいてくれない。

 ――さてさてこの工房で起きる事件、その多くは"工房主"がやらかすことがきっかけとなる。

「うおわああ」とマヌケな声が響きわたり、わたしは思わず「シャッ」と声を漏らしてしまった。
 わたし達の声に続いて、大きなものが崩れる音が響き渡る。
 これまでの経験から推測するに、積み重ねたダンボール箱だろう。

「叔父さんどうした!?」
 永治はつくりたての釘をほうって、音の方へ行ってしまう。
「荷物がー」なんて工房主の声も聞こえたが、わたしの興味はもう彼らには無い。

 カァン響く石床に落ちる音、そして 『いたぁい』という幼な声。
 ……生まれたての和釘が落ちていた。わたしの興味はこちらにある。

 様子を伺いつつ、そうっと和釘に近づいた。
 猫と違い、釘は受け身をとれない。
 しかし釘は猫より頑丈だから、おそらく怪我はないだろう。
 ふんふんと匂いをかいでみると、むっとするような鉄臭さがした。

『大丈夫かニャ?』
 ――他の種族に伝わるように丁寧に話す時、猫というものはどうしても、変わった語尾がついてしまう。
(人の中には我らにあわせて語尾を真似る者もいる。聞きとり易くて助かっている)
『……にゃ?』
 釘は猫語で返事をしてくれた。
 傷がないかを確認しようと、和釘をコロコロ転がしてみる。
『ほわぁ』
 釘はわたしにされるがままだ。

『ふーむ、傷は無し、大丈夫そうでよかったニャ』
『にゃあ』
『永治は釘職人のくせに、釘使いが荒い奴だニャ』
『にゃ、にゃっ』
 釘が猫口調を真似て、何かを訴えかけてくる。こいつはきっと素直な釘なのだろう。
 和釘の中には「鉄以外とは言葉を交わさぬ」なんて自尊心が高い釘もいて、そういう輩にはいくら話しかけても無視されるのだ。

『にゃうー』
『どうかしたかにゃ』
『にゃーん…』

 和釘の個体差はなぜ生じるか、かつてわたしは疑問に思っていた。
 そして工房に入り浸るうちに理解する。
 素材の質、各工程にかかる時間。その日の天候、職人の技量、さらには心情。
 これらが和釘の性格に大きな影響を与えているようだ。
 わたしだけが知る、和釘の秘密である。

『にゃうー』
『こちらの口真似だけでは、何もわからないニャ』
『にゃん……』
 我々は言葉がギリギリ通じても、心までは通じないのだ。
 とはいえ相手は生まれたばかりの釘だから、少しばかりは優しく接してあげなくては。
『ぼく、は』
 釘が恐る恐る語りだすので、 ふんふんと鳴いて続きを促す。
『……ぼくって、』
「焦り」の感情が含まれた声である。叩かれている時は、何も思っていないようだったのに。

『まだ、かんせいして、にゃい?』
 ようやく聞き出せた言葉は、己に関する疑問だった。

 この釘は自分のことを、未完成品だと疑っているのだろうか?
 再びコロコロと転がして確認を試みることにする。
 ふぉぉ、というされるがままの釘の声……。
 しかしどこからどう見ても、この工房製の和釘である。
 巻釘と呼ばれる、頭の部分がクルリとした釘は、もうすっかり見慣れたものだ。
『欠けた部分はないようニャ』
『でもでもっ』
『おまえは完成してるニャア』
『うそやだ』
『嘘なんてついてないニャ!』
『でもでも、あなたとおんなじ、ふわふわじゃにゃい』
『ニャッフ』

 つい、あまり上品ではない吹き出し方をしてしまった。
 この釘はひょっとして、わたしと同族だと思っているのか!

 そういえば、和釘はつくられた直後、だいたい釘入れに放りこまれる。
 その時にやいのやいのと騒ぎあって、己が"和釘"であると確認する。
 中には生まれてすぐその自覚を持った賢い和釘もいるようだが……。
(工房主が作った和釘は、だいたい賢い。)
 しかしこの釘のように、「よく分かっていない」個体だってそれなりにいる。

『おまえがふわふわになることはないんだニャ』
『ふえっ』
『おまえは"釘"だからニャア』
 わたしは世に生きる者の先達として、この無垢な釘に知識を授けることにする。
『ぼくは、くぎだにゃ?』
『そう。そしてわたしは"猫"だニャ』
『あなたはねこ……』
 釘の声は震えている。
『ねこはふわふわ、くぎはふわじゃないにゃ?』
『そのとおりだニャ』
 釘にふわふわの毛が生えることはない。もしそんなことがあれば、人間たちは狂乱の声をあげるだろう。

 それからわたしは和釘に、それぞれの人生(と述べたが"釘生"と"猫生"と言うのが正しいだろう)を教えてあげた。
 この間、女主人は救急箱を片手に土間をかけぬけ、永治は大小様々な箱を運んでいる。
 工房主のやらかしによって、ここはいつもより慌ただしい。
 永治は、和釘を投げ出したことをすっかり忘れているのだろう。

『さっきのとこ、もいっかいほしいにゃ』
 人間に気を取られすぎたようだ。釘が話を促してくる。
『さっきのとこ、とは何の話ニャ?』
『くぎのおしごとのおはなしにゃ』
 はて、何を話していたか……覚えていることを、もう一度話すことにしよう。
 老人は何度でも同じ話をするものだ、なんせこちらは百歳超えなのだから。

『釘の仕事は、家を支えることなんだニャ』
 わたしは和釘たちの一生を、ふたつの尻尾を揺らして語る。
『おまえは自分で動けない。でも人から金槌で叩かれることで、しっかりと木に食い込める』
『またたたかれる?』
『そう、次に打ちつけられた場所に留まることが、釘の仕事だニャ』
『ううーん』

 どうやらわたしの話を聞いても、和釘には納得しがたいものがあるようだ。
『分からなかったかニャ?』
『うーん、たたかれないとダメにゃ?』
『駄目ニャ』
『ほんとに?』
『叩かれずに家を支えることなんてできないニャ』
『ふおぉ』
 釘が恐れの声をあげる。
『それが釘の人生だニャ』
 諦めろ、という気持ちを込めて結論を伝えた。
 釘には顔というモノがないので、どう思ったかは見た目からでは判断がつかない。

『その点、ネコは気軽な身なんだニャア』
 わたしはぐーっと体を大きく伸ばし、続いて大きなあくびをひとつした。
『自分で行く場所は決められるし、人のように働かニャくともよし』
 わたしはあくせく働く永治たちを眺めながらせせら笑う。
『気ままにひなたぼっこをするのも、楽しいもんだニャ』
『ひなたぼっこ』
『太陽の光を浴びることニャ。ぽかぽかし気持ちがいいニャー』
 体内時計を正常にするとか、体を殺菌するためとか、いろいろ理由があるけれど。
 生まれたばかりの和釘には、この程度の知識で十分だろう。

『じゃあひなたぼっこが、ねこのおしごとにゃ?』
『ニャーン、そうとも言えるかニャ』
 猫は「こう成る」というものが、釘ほどしっかり存在しない。
 だからほんの少しだけ、わたしは釘が羨ましい。
 約束された居場所を厭う猫も多いのだが。

『釘の一生は、猫より長いニャ』
 わたしはようやく猫又になったが、それでも百年ほどしか生きていない。
 釘たちは家屋の一部として、わたしより遥かに長く世に留まる。
 この工房から送り出された和釘たちは、今どこで、どんな家を支えているのだろう。
『だから自分に誇りを持って、しっかり家を支えるといいニャ』

『……やだ』
 なんと、ちょっと良いこと言ったと思ったのに。反論されてしまうとは。
『家に成るのは嫌なのかニャ?』
『ぼくはねこになるにゃん』
『ニャんて?』
『ぼくは、ねこに、なるにゃん!』
 釘から元気な声がかえってきた。
「ニャーン……」
 わたしは思わず狼狽の声を漏らしてしまう。

 わたしは和釘の抱くべき想いを知っている。
 なぜなら、釘たちが日々語りあっているからだ。
 ――ボクたちこれからなんになるの?
 最初に言葉を交わす相手がわたしでは、釘に悪影響を与えるようだ。
 釘である自分に誇りをいだく前に、猫又なんかと関わるから……。

『どうあっても釘は猫になれないニャ……』
『あきらめないにゃ!』
『ええー』
 この釘は、作り手の永治と同じくずいぶん頑固である。
『ぼくはあなたみたいな釘になるにゃん』

 さわ、と空気が動いた気配がした。
 わたしみたいに成りたいなんて。
 こんなに長生きしてきたけれど、同じ猫からも言われたことがない言葉だ。
 面映ゆくなって、ついついしっぽを揺らしてしまう。

「おい、ぐんた」
 永治がわたしを抱きあげた。
 空気が動いたように感じたのは、彼が近づいてきていたからか。
 釘に夢中で気がつかなかった。
「釘にちょっかいをだすんじゃない」
 どうやら、彼もようやく落ちたこの釘に気づいたようだ。
「ニャアーン」
「ほら、いいこだから」
 永治がわたしの喉を撫でてくる……。

『そ、そろそろお別れの時間ニャ』
 ゴロゴロ鳴かないように威厳を保ちつつ、石床に転がる和釘に語りかける。
『もーっとおはなししたいにゃー』
 そうはいかない。この状況で会話を続けることは、双方にとって良くないのだ。
『猫への憧れは捨てて、おまえはいい家になるんだニャ!』
 こ、これ以上、永治に喉を撫でられては、ゴロゴロと甘えた声が漏れてしまうので。

 永治の手をすりぬけて、わたしは石床に降り立った。
『それじゃあ、さようニャら』
 どうかいい釘に成りますように。そう願いながら、窓から工房の外に脱出した。

 *

 和釘職人・宗方永治は、釘の声が聞こえる男だ。
 それが『そういう力』なのか、はたまた『ノイローゼ』なのか、彼には判断がついていない。

 ――そして今日は、特に頭を抱える事態になっている。

『にゃーん』
 釘が妙な声で鳴いている。
『ぼくもなでなでしてほしいにゃ』
 さらには永治に、妙な要求をしてくるのだ。
『にゃーん』
「いやいや、いや」
 永治は和釘を片手に座り込んだ。
「俺の疲れはここまで来たか!?」
 ショックから、思わず小声で叫ぶ永治。
「それともぐんたを撫ですぎたか?」
 心当たりは多々あるようだ……。

「なあ、その鳴き声はなんなんだ?」
 覚悟を決めて、永治は和釘に小声で尋ねる。
『ぼくはねこになるんだにゃ!』
「釘が?」
『ひなたぼっこも、したいにゃあ』
「釘が、ひなたぼっこっだと!?」

 これまでも永治は、たくさんの釘の声を聞いてきた。
 つくられたばかりの釘たちは、様々な未来を思いえがく。
 床になりたい、屋根になりたい、釘バットになりたい、翼が欲しい、エトセトラ。
 しかし、猫になりたい、はさすがに無かった。
 ひなたぼっこという要求も、おおよそ釘が願うべきものではない。
 
「なんだ永治、ひなたぼっこ行くのかい」
 包帯で頭をグルグル巻きにした永治の叔父が、座り込む永治の頭上から声をかける。
 どうやら『ひなたぼっこ』の部分だけが耳に入ったようだ。
「あ、いや、違うんだ叔父さん」
「荷物も片付いたし、いいんじゃないの。今日はこんなに晴れてるし」
「いや俺は別に、ひなたぼっこは」
「行ってらっしゃいよ永ちゃん。休憩も大事、大事!」
 叔母も会話に混ざってきて、ひなたぼっこを力強く肯定する。
『わあいわあい、ひなたぼっこにゃー』
 自分の願いが叶いそうで、釘も喜びの鳴き声をあげた。

 ニコニコとする叔父夫婦の申し出を、かたくなに断るのも妙な話だ。
「……じゃあ、休憩、行ってきます」
 永治は善意に屈する男である。

 *

 工房近くの河川敷に、午後の柔らかな陽射しが降りそそぐ。
 この時間帯は人通りも少なく、それは永治にとって都合がよかった。
 草の上に座りこんだ、彼の大きな手のひらの上には和釘がひとつ。
『おひさまポカポカ、きもちいいにゃあ』
「まあ確かに悪くはないが」
 和釘を指で転がして、陽光が当たる面を変えてあげる。
「釘とひなたぼっことは……」
 まるで正気ではない、と永治は己を疑っている。

『なでてほしいにゃ』
「今なんと?」
 釘の思わぬ要求を受け、永治は即座に聞き返した。
『さっきしてたみたいにゃ、ごろごろって』
「俺にお前を、撫でろだと?」
 凄むことで遠回しに拒否するも、釘は「おねがいおねがい」と懇願し続ける。
 無視を決めても和釘は手のひらの上でにゃーにゃーにゃーとやかましい。

 永治は仕方なく、指先で釘をちょんちょんと触ってあげた。
 ネコの首を撫でるような手つきは釘相手にはできそうもない。
『にゃあああん』
 ……本物の猫よりもずっと甘えた声が釘から聞こえた。
 自分は正気ではない、と確信した永治は終始真顔だ。
『もっと、もっと!』
「要求が多いぞ」
『しっぽのほうもほしいにゃ~』
「どこのことだ……まさかここか?」
『にゃあ~ん!』
 嬉しそうな声をあげる釘。尖った先が『しっぽ』で、正解のようだ。

 暖かい日差しの下、河川敷で釘をなで続ける青年がひとり。
「俺は、何をやっているんだ……」
 その時背後から、もうひとつニャーンと鳴き声がした。
 身構えつつ振り返ると、そこには見慣れたキジトラ模様の猫が一匹いる。
「なんだぐんたか……お前、ついてきてたのか?」
 釘の声が聞こえるようになってから、永治は"言葉が通じそうにない相手"にも声をかける癖がついてしまった。
「ニャアー」
 猫もまた、会話するように声を返す。もちろん意味は通じていない。

 そして永治は工房での今日のぐんたを思い出した。
 叔父さんがぶちまけた荷物を片付けている間、この猫がずっと、落ちた和釘にちょっかいをだしていたことを。
「まさか、お前のせいなのか?」
 釘を指して猫に尋ねる。
「ニャアーン」
 ぐんたは長いしっぽを揺らしながら鳴き声をひとつだけ。
「……なんてな」

 ふっと笑みをこぼす永治に、釘が誇らしげに語った。
『あのかたは、ぼくのせんせいにゃ』
「やっぱり猫のせいか!?」

 おわり。

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