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軍事のプロ3名が著した『プーチンの「超限戦」—その全貌と失敗の本質』

『プーチンの「超限戦」—その全貌と失敗の本質』(渡部悦和、井上武、佐々木孝博、ワニブックス、2022年11月24日)を読んだ。ちなみに奥付では2022年12月10日となっていたけど、実際に配本されたのは11月24日のようだ。
本書は「ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛」(ワニブックスPLUS新書、2022年6月8日)の続編で、その後の状況を踏まえて分析されている。

●本書のポイント

なんといっても3名の著者が全員元自衛隊の方々であり、軍事の専門家であることが本書の信憑性と価値を高めている。
前半のほとんどは戦闘の解説に割かれているが、全体としては全ての領域における戦い=オールドメイン戦を想定しており、宇宙、サイバー、情報、電磁波、経済などをカバーしている。露宇戦の全体像を鳥瞰することができる。

●本書の内容

本書のおよそ半分は戦闘の解説であり、砲兵戦、航空戦、海戦、兵站戦などが詳細に紹介され、分析されている。私は素人なので読んで関心するばかりだ。すごく短く要約すると、「どちらも決め手に欠けており、長期化する可能性が高い」ということらしい。
サイバー戦、宇宙戦、電磁波戦についてもわかりやすく解説してくれている。個人的には宇宙戦の解説がとても参考になった。ロシアの攻撃をしのいでいるウクライナの対処やアメリカの支援の内容などが紹介されている。
情報戦と認知戦についてもそこそこボリュームがあり、専門家としての視点で解説されている。ロシアの仕掛けた攻撃が限定的な効果しかあげておらず、失敗している状況を解説している。
・ロシアとウクライナだけでなく、中国とアメリカにも言及しており、全体像がわかるようになっている。
技術情報や経済などについても言及し、解説している。
民主主義陣営対権威主義陣営という構図で整理されることが多いと紹介されている。
・上記の内容をオールドメイン戦として統合的に整理している。
台湾有事との関連についても触れている。
日本の課題についても整理しており、憲法9条が足かせになっていると指摘している。

●感想

広範なプロの知見がうまくまとまっており、とても参考になった。ただ、いくつか気になったこともあった。

・あくまで個人的な感覚なのだが、勝利条件として相手国を占拠することを前提にしなくてもよいのではないかと思った。支配下、影響下におくだけでもよいような気がする。本書ではその前提があるので、戦闘の比重が高くなっている
そのため台湾併合=軍事侵攻という発想になっているような気がする。あくまで私の個人的な感覚なのだが、中国は軍事侵攻によらない併合を優先しているような気がする。本書の執筆には間に合わなかったと思うが、台湾の統一地方選で野党が勝利したことはその可能性が低くないことを示している。

マイクロソフト社のレポートがサイバー戦、影響工作などで参照されているのだが、サイバー戦では6月のレポートに触れている(P147)が、影響工作では4月のレポートに基づいているようだ(P165)。この違いはかなり大きい
なぜならマイクロソフト社が影響工作に本格的に取り組んだのは6月のレポートからで、続く11月のレポートではさらに拡充されている。本書ではマンディアントの分析も参照されているが、情報戦、認知戦、影響工作について充分なリソースを持っている組織はまだ少ない。そのためマイクロソフト社はMIBURO社を買収して態勢を強化した。
6月および11月のレポートに基づくと、ロシアの影響工作は効果があったと結論している。本書の刊行時期を考えると、11月4日公開のマイクロソフト社レポートを反映させるのは難しかったかもしれないが、6月のレポートは可能だった。それが反映されていないのは他の部分がよくまとまっているのですごくもったいない。
特に11月のレポートはコロナ禍でロシアがばらまいた陰謀論も含めて紹介されているので必須とも言える。その内容は7月頭に刊行した『ウクライナ侵攻と情報戦』での分析とほぼ同じなので本書にも反映できたような気はする。

・アメリカの支援については言及しているが、アメリカのウクライナ支援はバイデンと民主党が権力を失えば弱まる。中間選挙で下院を共和党が勝利することは事前にほぼわかっていたので、高い確率でアメリカの支援が後退する。その内容や影響についても触れてほしかった。

・国際社会あるいは民主主義陣営と権威主義陣営の対立など国際関係について言及している箇所がいくつかあるが、国際関係のバランスについてはあまり突っ込んでいない
たとえば、台湾はウクライナほど欧米に近くなく、シリアほど遠くないということが台湾有事の際にどれくらい影響するのか触れていない。国際機関のパワーバランスで権威主義陣営が優位になりつつあることも紹介すべきだと思う。
気候変動などの問題を考えると、エネルギーや食糧、移民が世界各地で深刻な問題になるのは明らかで、ロシアのウクライナ侵攻は一国の行動でその問題を拡大、加速できることを証明した。これは複合的かつ非線形な問題でPolycrisisの範疇に入ると思うが、こうしたことについては触れていない。

・いくつか微妙な箇所があった。P199でアメリカの情報戦について触れているが、国務省エンゲージメントセンターについて触れおらず、アメリカで2019年に成立した軍の情報戦を実施を容認する法律についても触れていない。ちなみにアメリカ中央軍はそれに基づいて影響工作を行ったがさんさんたる結果に終わった
P220で中国がロシアに兵器を提供していないことに触れているが、習近平にバイデンが依頼した結果であり、バイデンはその貸しがあるのもかかわらずペロシの訪台を止められなかった。そのため習近平はバイデンが強気に出られないことを見越して軍事的なレッドラインを押し上げた。
本書の随所でスターリンクの有効性について触れているが、イーロン・マスクと中国の結びつきが深いことに触れていない

・経済安全保障や技術などの情報流出について触れているが、データ・トラフィッキングに触れなかったので、次回があればぜひ触れてほしい。

いろいろ書いたが、本書が網羅的に露宇戦を理解するためのよい手引き書であることは確かで、関心を持っている方には参考になると思う。どんな本でもそれをまるごと信じるのではなくて、気になる箇所は確認することが必要だ。

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