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クライアントの望む記事をWikipediaに登録するビジネスを統計的に可視化

ISDは2024年4月29日に、「Identifying Sock-Puppets on Wikipedia: A Semantic Clustering Approach」https://www.isdglobal.org/isd-publications/identifying-sock-puppets-on-wikipedia-a-semantic-clustering-approach/ )を公開した。このレポートはWikipediaに広がっているクライアントから有料で記事を登録するビジネスを統計的に可視化したものだ。
Wikipediaは便利なサービスだが、利用者が無償で書き込み、編集を行っている。また、Wikipediaは自分で自分の記事を書くことを禁じている。そのため有償で記事の投稿や編集を請け負っている個人や組織が存在している。

●概要

有償でWikipediaに記事を書いたり、編集したりする裏ビジネスには個人から大規模な組織までが存在し、1本記事に1万ドル(約160万円)が支払われることもある。2015年には有料で記事を編集していた組織かされた381のアカウントが発見されたこともある。

このレポートではWikipedia有償ビジネスの中でもロシア・ウクライナ戦争に焦点を当てて調査している。英語版ロシア・ウクライナ戦争のページとそこにリンクしている48のページに対して13,483以上の編集を行った1,988人(855人はWikipediaにブロックされていた)を調査した結果である
悪意があるとみなされる活動(問題のある編集はWikipediaによって排除されることもある)と正当な活動の両方を収集し、176個のクラスターを抽出した。Wikipedia上での編集活動のパターンによってアカウントをクラスターに分ける試みは有効であることがわかった。
クラスターごとの活動は正当であるか否かよりも、テーマによって異なっていた可能性が高く、目的に沿った一連の編集を行う際に、Wikipediaに発見されることを回避するためにひとりの人物が複数のアカウントを使い分けているものも発見できた。

6つのクラスターが特に注目された。アカウントが集中しており、ひとりのジンぶるが複数のアカウントを操っていたもので、Wikipediaからブロックされた比率がもっとも高かった。それぞれが特定のテーマに焦点を当てていた。テーマには下記のようなものがあった。
・ウクライナ戦争初期
・戦争の犠牲者
・統計などのデータ
・経済制裁

なお、テキストデータのみでの解析であり、Wikipediaにブロックされた編集者が必ず悪意を持っているというわけではない。

●感想

Wikipediaでよく編集戦争が起きているし、デマなどを書き込まれた時の対処が大変なことは何度も聞いていた。有償ビジネスの噂も聞いたことがあるが、順調に規模を拡大しているとは知らなかった。
今回のレポートでは国家支援の可能性を示唆しているが、そこまでは踏み込んでいない。ただ、国家がこれらを行うことは可能というのは確からしい。

当然なのだが、2つの理由で見る情報がすべてデマかもしれない状況が作られつつある。
ひとつは実際にほとんどの情報チャネルにデマが紛れ込んでいること。日本でも「江戸しぐさ」のような偽史の流布や政府統計の不正があったし、新聞が誤報を流すこともある。
もうひとつはすべてのものがデマである可能性を考えるようになったことだ。誤・偽情報や認知戦、デジタル影響工作のことが広まったおかげで、警戒主義に近い状態まで警戒心が高まってきている。そのためなんでも疑ってしまう人もいる。

こうした効果は、認知戦、デジタル影響工作初期の頃から「パーセプション・ハッキング」として知られていたが、ほとんど注目されてこなかった。しかし、最近、警戒の行きすぎが逆効果になる警戒主義へのリスクや、バランスを欠いた誤・偽情報対策などがもたらす逆効果を指摘する論文などが増えてきているように思う。
Wikipediaを汚染する裏ビジネスの存在や、あからさまな中露イランの工作活動は警戒主義やバランスを欠いた誤・偽情報対策などを煽りたてやすいので注意が必要だ。

ところで日本語版のWikipediaで同じことをやったら、もっとすごい結果が出そうなんですが、誰かやらないですかね

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