見出し画像

最近の論文や資料から見えてくるデジタル影響工作対策の問題点 偏りがあるうえ有効の検証が不十分

私が特に気にしているせいもあると思うが、昨年からデジタル影響工作に関連する研究の見直しをよく見かける。デジタル影響工作は2016年のアメリカ大統領選挙で有名になったが、2014年のロシアのクリミア併合からすでに多く取り上げられていた。10年目の節目だからなのかもしれない。


●全体的な傾向

これまで行われてきた研究を概観した研究としては下記を紹介した。・「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」
・「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」
この2つに共通している過去の研究の課題は下記であり、この2つでも根本的な見直しが必要と考えられる。

・ほとんどの研究はアメリカとヨーロッパを対象としている。言語、文化、人種の偏りがある。
・行動への影響はほとんど検証されておらず、有効性もほとんど確認されていない。

さらに2との研究のポイントを整理すると下記になる。適宜、関連する分野の論文や記事から補足した。

・よく取り上げられていて、効果が期待できて、スケールを拡大しやすい対策はない
現在、多くの国が対策を講じているが、それらの効果は検証されていないということになる。科学的根拠なしに政治的理由で行われていることになる。

・もっともよく取り上げられていたのはファクトチェック、次いでリテラシー
ファクトチェック団体も増加していることからも、この結果は納得できる。その一方で「State of the Fact-Checkers Report」によるとファクトチェック団体の半数近くは5人以下の小規模であり、年間予算はおよそ7,600万円以下が74%、1,500万円以下は37.96%だった。収入源はMetaと助成金が多数を占めていた。最大の課題は資金だった。Metaや助成金を拠出している組織(ほとんどは政府関係だろう)は偽情報の発信源だ。偽情報の発信源がわずかな資金で効率よく業界のパトロンになっている。

・多様性がなく、SNSに過剰に焦点を当てており、そのため誤・偽情報の問題がネット特有の問題のような誤解を招く内容になっている

・ほとんどの研究では他国が行っているデジタル影響工作の状況を考慮しておらず、その影響や要因が含まれていない。

・研究で真偽判定を被験者に行わせるタイプのものはほぼすべて検証されていない測定方法を用いている。
関連記事にくわしく書いたが、気になる人はおおそうなので簡単にポイントだけ上げると、
 短文(1つ2つの文章)の誤・偽情報を使用することが多く
 誤・偽情報を信じるかどうかが主に測定されていた。行動について測定したものはほとんどない
 誤・偽情報の提示と結果の測定はほぼ同時に行われ、時間経過による影響の変化は考慮されていない
 この資料には書かれていないが、加えて言うと、
 真偽判定で偽のみを提示する測定方法が多いが、真を選ぶ能力の測定も必要である。偽を選ぶ能力と、真を選ぶ能力が異なることは「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」で検証されている。
 ちなみにこれらすべての問題を回避している調査はほとんどなく、nature誌に掲載された前述の「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」はごくわずかなすべての条件を満たす論文だった。
 もちろん日本国内で行われた調査のほとんどもこれらの問題を含んでいる。

●見当違いの対策がもたらした結果

検証されていない対策を行った結果、たとえば次のような問題が放置されてきた。
nature誌に掲載された「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」という論文では、情報を確認するためにネットで検索を行うとかえって偽情報やデマを信じる確率が高くなることをさまざまな方法で検証している。この論文は前節で書いた真偽判定の問題をすべてクリアしている。論文ではこの問題はデータボイドにある可能性が高いと指摘されている。
データボイドは対象となる検索結果が少ないために陰謀論やデマが上位に表示されてしまう問題で5年前に指摘されていたが、本質的には改善されておらず、中露は継続して利用している。

この間、ファクトチェック団体は増加し、リテラシーの必要性が叫ばれ、規制が強化されてきた。しかし、いずれも効果が検証されていないどころか、問題の原因すら確認されていない。

はっきりと問題がわかっていながら放置されるものと、問題の所在も対策の効果もわからないまま進むものがある。後者は警戒主義という問題を生み、さらに問題を悪化させる。警戒主義とは偽情報への注意喚起や報道によって国民が不信感を持つことを指す。
「Negative Downstream Effects of Alarmist Disinformation Discourse: Evidence from the United States」という論文では、偽情報についての無差別な警告=警戒主義は問題意識を高め、民主主義への満足度を下げ、規制強化の支持へ向かわせる可能性があると指摘している。ここ数年、無差別な偽情報への警戒への暴露は、アメリカの民主主義が衰退した一因になった可能性も指摘している。

余談であるが、全領域の戦いとか、ハイブリッド戦というのだから、デジタル影響工作の効果は、相手国の社会的な安定度合いで計測すべきで、それはもう結論が出ている。国内で検証されていないデジタル影響工作対策が注目されている時点でもう負けているのだ。話題になり、政治の議論になっていることで充分効果はでていると考えてよいだろう。
実際、「DFRLabウクライナ侵攻2年目の総括の感想 #DFRLab_U2nd」に書いたように、ウクライナ侵攻2年目でウクライナを支援するアメリカやポーランド、EUの社会の分断は拡大し、SNSを起点にした暴力行為が増加している。

この状況を見ていると、ロシアの反射統制理論の術中にはまっているかのように感じる。欧米が行うであろう研究や対策は予測可能だし、それらを誘導することも可能だ。

●ではどうしたらよいのか?

だいぶ前から何度も言っていることだが、デジタル影響工作への効果的な対処は2つある。
ひとつは中国やロシアのような監視、誘導、評価を徹底する方法で中国型スマートシティがそうである。インドもこの方向に進んでいる。ロシアのウクライナ侵攻においてもウクライナは国内の監視と統制を進めた。

もうひとつはまだほとんど行われていないことで成功可能性は未知数だ。国家、企業、国民の信頼を高めることである。透明性を高め、相互に信頼できる状態になっていれば影響工作の効果は大きく減じることができる。なぜなら、影響工作は相手国の国内問題につけ込むからだ。最近になってようやく同じことを言う人が出て来てほっとしている。
「From Panic to Policy: The Limits of Foreign Propaganda and the Foundations of an Effective Response」では偽情報、情報戦、認知戦、デジタル影響工作についての関心が高まり、脅威の認識が共有されるようになったが、そのデジタル影響工作の効果は検証されておらず、いまだ議論されている。むしろ、過大評価して対策を講じることの方が問題と指摘している。
海外からの干渉は国内の不満を狙うことが多い。OECDの調査によると、制度に対する不信は3つの要因で決定される。社会的弱者やマイノリティへの平等な政策決定への参加、市民に対する政治家の対応、汚職や縁故主義の度合いである。したがってまず行うべきはこうした国内要因を改善し、信頼関係を固くしておくことである。

●関連記事

10の偽情報対策の有効性やスケーラビリティを検証したガイドブック
(「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」の紹介)
https://note.com/ichi_twnovel/n/n01ce8bb38ef3

誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
(「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e

学術研究の不正行為 25,710件をマッピングしたら、電気・コンピュータサイエンスで次は臨床・ライフサイエンスだったという論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n47d4ce1f592d

ニュースの信憑性を調べるために検索すると偽情報を信じる可能性が高まる Nature論文
(「Online searches to evaluate misinformation can increase its perceived veracity」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n1a495ff32969

5年間ほとんど放置されていた情報戦兵器データ・ボイド脆弱性とはなにか? その1
https://note.com/ichi_twnovel/n/nf5e0789e96e1

実態編 データ・ボイド脆弱性とはなにか? その2
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3523739724f1

ファクトチェック団体のほとんどは日本のアニメ制作下請会社より零細?
(「State of the Fact-Checkers Report」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n1ef4a63edaae

偽情報への注意喚起や報道が民主主義を衰退させる=警戒主義者のリスク
(「Negative Downstream Effects of Alarmist Disinformation Discourse: Evidence from the United States」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n02d7e7230e8b

デジタル影響工作対策の基本方針についての論考
(「From Panic to Policy: The Limits of Foreign Propaganda and the Foundations of an Effective Response」の紹介)

https://note.com/ichi_twnovel/n/n8f97847a69b4

DFRLabウクライナ侵攻2年目の総括の感想 #DFRLab_U2nd
https://note.com/ichi_twnovel/n/n4605b841d507

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。