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偽情報への注意喚起や報道が民主主義を衰退させる=警戒主義者のリスク

偽情報の脅威への無差別な警告が偽情報の影響とリスクを増大させるという論文Negative Downstream Effects of Alarmist Disinformation Discourse: Evidence from the United States」(Jungherr, A., Rauchfleisch, https://doi.org/10.1007/s11109-024-09911-3)を読んだ。


●概要

偽情報あるいはデジタル影響工作があるということが知らされることで、選挙や報道に不信感をいだかせる「パーセプション・ハッキング」という手法は以前から知られていた(日本では私以外ほとんど言及しないけど)。この論文は2016年以降、偽情報に対しての警告があふれたために、その効果が高まり、民主主義衰退の一因になっている可能性を指摘している。この論文では偽情報についての無差別な警告を行うことを警戒主義(Alarmist)と呼んでいる

この論文では偽情報の脅威を強調した新聞記事風の情報と、同じ内容をバランスよく中立的に伝える情報を被験者に与え、その変化を測定している。気になる結果は以下。

・保守的な方が偽情報の脅威からの影響は少ない

・偽情報の脅威の認識とサイバー空間の規制支持には正の相関があった。

・民主主義に対する満足度と偽情報の脅威には重大な負の相関があった。

・無差別な警告は脅威認識を高めるが、バランスの取れた情報が脅威認識を下げる効果の方が大きい。

これらを踏まえて、論文では偽情報についての無差別な警告=警戒主義は問題意識を高め、民主主義への満足度を下げ、規制強化の支持へ向かわせる可能性があると指摘している。ここ数年、無差別な偽情報への警戒への暴露は、アメリカの民主主義が衰退した一因になった可能性も指摘している。

民主主義の前提として、同意できない主張でもその正当性や政治的権利を受け入れ、議論を行なわなければならない。しかし、他の政党の支持者は偽情報に騙されやすいと信じてしまうと前提条件が崩れてしまう。

また、警戒主義者は科学的知見を根拠にすることが多いが、ほとんどの知見は断定的ではなく、その影響力についても懐疑的なものが多いとも指摘している。

・注意点

今回の論文はあくまでアメリカに限定したものとなっているが、他の民主主義国にも同様の傾向は見られそうだ。しかし、権威主義国は範囲外となる。また、ミャンマー、ウクライナ、台湾などの過酷な状況におかれている国も対象外となる。

●感想

パーセプション・ハッキング、リテラシー向上やファクトチェックのバックファイア、こたつ記事、非存在炎上など、無差別で過剰な報道が負の影響を与えるという指摘はあった。今回の論文はそれを検証している点で大変参考になった。

昨今のメディアの報道では偽情報に関するものがかなり増えた。また、官公庁も活発に動いている。それ自体はよいことだと思うが、その一方で多くの報道はバランスの取れた記事にはなっておらず、警戒主義的になりがちだ。その方がアクセスも増えるし、読んでもらえるからだろう。それがもたらす影響は決して少なくないリスクだ。放置すればアメリカと同様に国内の分断と混乱が生まれる。
ファクトチェックやリテラシー向上すら、警戒主義的に報道されれば逆の影響を広められる。ファクトチェックそのものよりファクトチェック結果を無差別な警告として流布する方が読まれやすいし、リテラシー向上のワークショップに参加する人よりも偽情報対策にそういうワークショップをするほどリスクが高まっているというニュースを目にする人の方が多い

そう考えると、偽情報、デジタル影響工作、認知戦ってほんとに便利だよなあ、と思う。

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