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10の偽情報対策の有効性やスケーラビリティを検証したガイドブック

Carnegie Endowment for International Peaceから「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」(Jon Bateman, Dean Jackson、2024年1月31日、https://carnegieendowment.org/2024/01/31/countering-disinformation-effectively-evidence-based-policy-guide-pub-91476)が公開された。
偽情報対策の10の方法の有効性やスケーラビリティを検証した資料で、10の方法に関する過去の数百の論文、文献などをレビューし、研究者、実務家、政策立案者などとワークショップを行ったうえで書かれている。


●10対策

10の政策とは下表の通りである。
「How much is known?」はどれくらい研究されているか、
「How effective does it seem?」はどれくらい効果が期待できるか、
「How easily does it scale?」はスケールを拡大するのがどれくらい容易か、

をそれぞれ示している。
一見してわかるように、よく研究されていて、効果が期待できて、スケール拡大しやすいものはない。一番近いのはメディア・リテラシーとファクト・チェック、SNSでのレベル付けだが、その中で効果が期待できるのはメディア・リテラシーしかない。

「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」(Jon Bateman, Dean Jackson、2024年1月31日、https://carnegieendowment.org/2024/01/31/countering-disinformation-effectively-evidence-based-policy-guide-pub-91476)

●気になる代表的対策

本レポートでは10の対策すべてにくわしい説明が書かれているが、ここでは特に気になるいくつかを紹介したい。

・メディア・リテラシー

メディア・リテラシーの研究は多く、理論的根拠と実験や調査による検証が行われている。その結果、メディア・リテラシーのトレーニングの効果があると言える(筆者注:この点、元論文に問題があるので後述する)。
メディア・リテラシーを広めるには時間とコストがかかるため長期的な課題と言える。

・ファクト・チェック

非常に研究されており、このレポート作成にあたり、2013年以降の200件の論文がレビューされた。虚偽の主張を信じさせないようにすることと、それに基づく行動を変えることは別で行動を変えることは難しいとされている。たとえば、ワクチンに関する偽情報を信じさせなくしても接種率があがるわけではないという研究結果がある。
また、情報の正確性は最優先ではないことも多い。自分の信念に近いことが優先されることも多い。
ファクト・チェックは偽情報に比べてかかる時間と手間が多く、情報を衆知させる方法を持っていないという問題を抱えている。

●全体的なまとめ

・ほとんどの対策の有効性は不確実で、たったひとつの最良の手段はないポートフォリオに基づいて複数の対策を講じるべきである。
・偽情報は需要(偽情報提供者)と供給(偽情報受容者)の関係で成立している複雑な社会的、経済的、政治的な現象である。
・対策のいくつか(メディア・リテラシーやローカル・ジャーナリズムの復活)は長期的な課題である。
偽情報対策は政治的中立とは限らないことを認識し、関係者は自らの立場を確認する必要がある。
・研究の数には対策によってばらつきがあり、ファクトチェックが現状もっともよく研究されている。

●注意点

このレポートでは、扱いに注意するよう繰り返し書かれている。これはガイドであって、対策を網羅しているわけでもないし、包括的でもないのである。

・偽情報はいまだに対処以前の状態に留まっている。定義、理解、測定が確立されていない。

・調査結果は地域や国によって一般化できない可能性がある。多くの研究はアメリカおよび西側民主主義国に偏っており、それ以外の地域や国にあてはまるかはわからない。

●感想

網羅的でも包括的でもないと書かれているが、これだけの論文を調べてまとめたものは他にはおそらくなく、巻末にはリストもあるし、貴重なガイドと言える。それぞれの対策ごとに重要な資料を紹介しているのもいい。
デジタル影響工作、認知戦、情報戦に関心のある方には役立つと思う。

ただし、論文の中身を精査しているわけではないので、その点には注意が必要だ。たとえば、メディア・リテラシーが効果的である論拠としてあげている論文(レポートの参照番号54)には気になる点があり、論拠とするには弱いと思う。下記で紹介したので関心ある方はどうぞ。おそらく他の論文にも似たような問題がある可能性が高い。過去の論文を調べるのは重要だが、最近問題が指摘されたアプローチを取っていた論文も過去にはあるわけで、それを引用してしまうことも起こりうる。それを回避するためには偽情報に関連するすべての学術分野の最近の論文を読む必要がある。大変だが、組織として取り組んでいるところにがんばってもらうしかない。私のようにほぼ個人でやっている者は、ピンポイントで問題を見つけることはできても、全体を精査して問題をすべて潰すことは派できない。

メディア・リテラシーが偽情報対策として有効であることを実験で証明した論文……のはずだったのだが
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc74a25535788

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