評価のされ方の変化

真面目になるとつまらない問題があるんですよね。基本的に個人は面白いかもしれないけど、他人から見た時には、凄くつまらない文章やモノになってしまう。この絶妙なバランスが難しい訳です。

楽しさを買う国になってから(楽しみにお金を使わないと得られない)、いよいよヤバいと。楽しさを買うお金も無いとなると詰むんですよね。なので私の個人的な意見ですが、コンテンツを作成する側に居ることが、お金をかけずに楽しむコツだと感じていますので、私は、せっせと文章を書いている訳です。しかも通勤中にね。

面白いアイデアも無いし、面白い人間でも無い訳ですよ。でも面白さやユーモアって可視化出来ないから更に難しい。学校のテストで点数をつけられるのも面白くないけど、分かりやすくはある。客観的に判断が出来るって点においては。

目に見えないモノに価値を持つことは難しい。やはり、貨幣経済社会の中に居るとお金の価値に重きを置くことになって、お金の多さが重要になってきます。それを最近では、評価経済型の社会となってきていて、発信することが重要な行動になっているような流れになっていることが分かります。評価経済とは、SNSやインターネット内での評判や評価ですよね。インフルエンサーとか言われますが、面白いことやアイデアが溢れる人や正確な情報を発信して評価されている人の方が、お金を持っている人より信頼出来るのではないかというお話です。昔は、きっとお金を稼げる人にフォーカスされていたと思います。

リアル経済学は分からないですけど、貨幣から評価に価値の比重が変化してきていて、過渡期を過ごしてきた私からすれば、不思議な感覚を今でも持っています。

ただ、面白いやアイデアで解決出来る人間なら良いんですけど、面白さやアイデアが無い人の場合には、知識とスキルが必要になってきます。これはもしかして、難しいんじゃないのって思う訳ですよね。自分には、面白いとかアイデアが無いから、知識やスキルが必要となると、学びからスタートする訳ですから、リアル世界でも資格取得とかいう勉強をして。それとは別に学びも必要となるとハードルが高くなります。

面白さに気づけば何でも面白いんだけど、気づくまでに時間がかかるんですよ。だからユーモアで勝負出来る人間って良いよなぁと思うのです。

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