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そこに映るものは

虹彩の模様って人それぞれ違うらしいですよ。
休日の昼下がり。特にすることもないのでソファでのんびりくつろいでいると、隣に座る青年は突然そんなことを言い出した。
「一人一人?」
「ええ。指紋みたいに。」

顔を上げると、いたずらっぽい光を浮かべた瞳がこちらを見下ろしていた。
一人一人違う、ね。妙な好奇心がわいた私はもぞもぞと彼に近寄り、その透き通った青い瞳を覗き込んでハッと息を飲んだ。
一瞬で心を奪われてしまったのだ。呼吸さえ忘れ、その柔らかな輝きと繊細な模様を食い入るように見つめ続けた。

目は心の窓、とはよく言ったものだ。彼の瞳をじっくり見るのはこれが初めてだった。彼がいつも私に投げかける眼差しはとても優しい。今だってそうだ。けれども改めて見てみると、その瞳の奥に暗く光る狂気が見えた。

そして気づいてしまった。ああそうだ、彼はこういう人だった。そして、私は彼のこんな所に惹かれたのだ。至近距離で見たその瞳は彼の冷酷な部分までもをはっきりと映し出していた。でも彼は、そんな冷酷さまでもを魅力に変えてしまっていた。それこそが、彼の放つ不思議な雰囲気の理由なのだろう。それは普段は上品な物腰に隠れてしまい、すぐに分かるものではないから。でも完全に見えなくなるわけじゃない。だから彼と接した人は矛盾を感じ、そのわけのわからなさに惹きつけられてしまうのだ。


「君の瞳は不思議ですね。黒に見えたり茶色に見えたり。光の加減によっては緑に見えたりもします。」

見入っていた私は、彼の声で我に返った。
「そう?」
「ええ。君そのもののようです。わがままかと思えば従順だったり、優しいかと思えば意地悪なことを言ったり…。褒めてるんですよ。簡単には掴ませない、色とりどりの一面がある。」

そう言って彼は微笑み、私の髪を優しく梳いた。
「僕は、そんな君が好きなんです。モノクロだった人生に色をつけてくれた。君と出会ってから、今日はどんな色が見れるんだろうって毎日楽しみに朝を迎えられるんです。」
いつもありがとうございます、と額に口付けられ、胸がきゅんと締め付けられた。

ありがとう、だなんて。気持ちが一瞬でぶわぁっと満たされるのを感じた。自分の意志とは関係なしに口角が上がり、頬が緩んでいく。たまらなくなった私は彼にぎゅうっと抱きつき、唇に触れるだけのキスをした。

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