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パン屋日記 #18 用務員の木村さん〜経験はいいぞお

排水溝から自転車のカギを救出してくれた、
用務員の木村さん。

翌日もう一度お礼を言いに行くと、
あるものを渡してくれました。

「これ、カギに付けとったげよ」

ロッカーのカギにつけるような
ネームプレートに、

マッキーの細い方で

「iccaさん」

と書いてあります。

(だ、ださい……! )

なんでしょう、この、

「おばあちゃんのチョッキ」によく似た感じの、

ダサいあたたかさ。

誰のカギなのかがわかるだけでなく、

カギを排水溝の上で
うっかり落としてしまっても

ネームプレートが格子に引っかかって、
下まで落ちにくいのだそうです。

カギを救出してくださったことについて

あらためて木村さんに
感謝と感動を伝えました。

「テコの原理は小学校で習いましたけど、
 実際に使う人は初めて見ました。
 いい経験になりました」

「そりゃ良かった。経験は、いいぞお」

木村さんは言いました。

「経験の良いところはねぇ、
 伝わっていくことなんですよ。

 これから何十年後かに、
 iccaさんのそばで誰かが困っている時

 ああ、そういえばあの時、
 木村さんがああやってしよったなあ
 って思い出して、
 その経験を使うことができる。

 そこにもう、わしはおらんけど

 それを見た誰かがまた、
 次の人に伝えることができる。

 それが経験のいいところですよ。」

「そこにもうわしはおらんけど」
という言葉が、

妙に心に響きました。

わたしがいつか、
木村さんの知恵を使って誰かを

もしくは自分自身を助けられた時は、

ぜったいまた木村さんに、
会いに行きたいなあと思いました。

そして、
「iccaさん、お姉さんになったねぇ」
なんて言われたいです。

「ちなみに、次に落とした時はね」

木村さんは、
いたずらっ子のような笑顔で続けました。

「そのキーホルダーの
 金属の輪っかのところを、
 磁石で釣り上げるからね!」

そう言って、
磁石と麻ひもで新しく作った

「次回 排水溝にカギを落とした時に
 カギを釣り上げるための釣り竿」

を、見せてくれたのでした。

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