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パン屋日記 #32 君たちのお母さんは

人手不足の、とある日曜日。

お昼のピークタイムが
思ったより早く来てしまい、
パン屋に未曾有の大行列ができました。

右のレジに7人、左のレジに5人。

こんなときに限って、先頭のお客さまが

「食パン切ってもらえますか。3本」

などと言い出したりします。

レジスタッフの背中に、
同じお客さまからの2回目の電話が
イライラと鳴り響き

BGMが流れているにもかかわらず、
店内にいやな静けさと緊張感が垂れ込めます。

スタッフみんなが
いよいよ絶望しそうになったその時

「お待たせしました!」と、

太陽のように明るい声が受話器を取りました。

振り返ると、

正午から来るはずだったパートのミタさんが

なんと、
1時間も早く来ているではありませんか。


お子さんと一緒に
たまたま店の前を通りかかったミタさんは、
レジの行列を見て、びっくり仰天。

「パン屋のお姉ちゃんたちが呼んどる!
 お母さん、行ってくるけん!」 

そう言って、
お子さんを一人で家に帰し、
その足で出勤したというのです。


「パン屋のお姉ちゃんたち」は、

いつかお子さんが大きくなったとき

かれらのお母さんが
いかにかっこよかったか話して聞かせるのを

楽しみに、楽しみにしているのでした。

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