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言葉のおまけを付けてくれる人が好きだ。

「言葉のおまけ」を付けてくれる人が好きだ。

なくても済むけれど あるとうれしい一言を、
わざわざ付け加えてくれる人のことだ。


ミニシアターで、回数券を買い求めた。

5回分の料金、7500円で
映画を6回観られるものだ。

「回数券ください」と私が言うと

「えっ。ありがとうございます」

と、朴訥な館長が答えた。

念のため、念のためと
お金を崩しすぎるせいで、
5千円札や一万円札を持ちあわせておらず

私はカウンターにバラバラと千円を数え並べ
「細かくてすみません」と謝った。

館長は「いえ」と応じた後に

「むしろ助かります」

と、小さく付け加えてくれた。

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職場で、よく差し入れをくれる人がいた。

会社に出入りしているフリーランスの方で、

気づけばいつも梨、柿、桃など
まるまると立派なくだものを
冷蔵庫に入れてくれた。

どれもこれもたいへん美味しかったが、
とりわけ衝撃的だったのはスイカだ。

大きなひと抱えを みなで祭りのように切り分け、
2〜3枚食べてみてびっくり。
とんでもなく甘いのだ。

スイカなんて、何度も食べたことがある。
私はたいてい、
フジというスーパーマーケットで買う。

フジのスイカにはそれぞれ、
「甘い」というシールと
「大変甘い」というシールが貼り分けられており

私はもちろん、血まなこになって
「大変甘い」を買い求めるのだが

それが大変甘かったためしなど、
一度だってないのだった。

このスイカはどちらで、
と無礼にも尋ねると

意外にも、
駅裏にある最寄りの果物屋だった。

ああ、わかる、あそこにありますよね。
あるのは知ってるけど、行ったことがない。
古風で控えめな店構えのお店だ。

一人住まいなもので、
果物屋に果物を買いに行く機会がなく

季節が秋になるころようやく、
お返しの用ができたので訪ねてみた。

まるで偶然通りかかったかのように
おずおずと入店し(なぜかこういうことをしてしまう)、店内を見回す。

か細くて上品なおばあちゃんが
一人でお店番をしていた。

一見の私に「いらっしゃいませー」と
「こんにちは」のような温度で言ってくれる。

ほんの少しの静けさのあと

「まぁまぁ、ねぇ、今あんまり種類がなくて…」

と続ける。

私は、「あっ、いえいえ、」とだけ言って
また商品に目を戻す。

普段コンビニやスーパーでしか
買い物をしないので、

小売店で、自分めがけて
ダイレクトに話しかけられることに慣れていない。

うれしくって、恥ずかしい。

「ほんとに、ねぇ。ここにあるだけで…
 もう少ししたら入るんですけどね。
 ぶどうばっかりで。ええ。」

私は会釈をして、ぶどうを見た。
今日のお目当ては、元々ぶどうだった。
世話になった友人にピオーネを渡す。

ひとつか、ふたつか、箱入りにするか迷う。
なるほど、スーパーよりかなりお高めだ。

「今年の夏はねぇ、ほんとにもう、暑くて……」

おばあちゃんは、
こちらが何も聞かなくても
定期的に口火を切ってくれる。

どうかそんなに、気を遣わないでほしい。
ぶどうばっかりで申し訳ないなんて、
そんなこと……

「ねぇ、ほんと。あんまり暑かったから、」

おばあちゃんは言った。

「ぶどうが甘くできました」

「アッ、2房 箱付きでお願いします…」

今年は夏が暑かったから
ぶどうが甘くできた。


そうか、そうなのかあ。
甘くできたのか。うれしいな。
自宅用に桃も買った。

恥ずかしがり屋で赤くなるくせに
すっかりうれしくなってしまって、

いやあ実は、いただきもののスイカが
非常に甘くてびっくりして…
こちらで買ったとお聞きしまして…
などと付け足してしまった。

両手に桃とぶどうを
ぶら下げて乗る路面電車は

何かいつもより、
うんと素敵に感じられたのでした。

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