パン屋日記 #54 大きくなったら

6月初旬

広島で、「とうかさん」という
お祭りがあったはずの頃

レストランの閉業が、
正式に決まりました。

7日間だけお別れのラストランをして

40年の歴史に、
幕を下ろすことになりました。

閉業の旨を掲示すると

お問い合わせやお声がけが、
毎日大量にやってきました。

「レストラン、閉まるんですか?
まあ~。残念だわ」と 

レストランではまったく
お見かけしたことのないお客さまによる、

悲壮感たっぷりの
ミュージカルが開演します。

台風が来ると

それは恐ろしく、
良くないものだという体裁がありながらも

地を打つ雨や吹き飛ぶゴミ箱に

わくわくしたことはありませんか?

残念だわ、と言った後に

「コロナですか?」と続ける人たちの顔は

そのわくわくを、
どうしても隠し切れていませんでした。

開口一番に、
回数券や割引券が使えなくなることを
心配する人。

まだ閉業もしていないのに

「次は? あとには何が入るんですか?」と
お尋ねになる人。

閉店セールなど無い、と答えると

「じゃあ、来場者特典は?」
と、斜め上からたたみかけてくる人。

そういったお問い合わせに対応し続けた結果

わたしたちは、
お客さまに「閉まるんですか」と聞かれても


「そうですねー」


としか言えなくなっていました。

お客さまは決まって、
変なお顔をされました。

わたしたちが、レストランの閉業を

悲しんでいないように見えたのです。



ある日、
3歳くらいの娘さんを連れた女性が

「レストラン、閉まるんですか」
とお尋ねになりました。

わたしの抜け殻が
「そうですねー」とお答えすると

その方は、


「この子が大きくなったら、
一緒に行こうと思ってたんです」


とおっしゃられました。

ふいに人間に戻ったわたしは、

きっとこの方も子どもの頃

お母さんと一緒に、
レストランに来たのだろうと

「大きくなったら行こうね」と言われて、

小さいながらに大きくなって

少し緊張しながら、
あのビロードの椅子に座ったのだろうと
思いました。

わたしは、
冒頭で「まあ~。残念だわ」と言った

レストランで見たことのない
お客さまのことを思い出しました。

もしかしたら10年前か20年前、

あるいは30年前に

ご利用いただいたことのある
お客さまだったのかもしれません。



今は亡きとあるレストランは、

町の歴史のはじっこにある
そういうお店だったのです。

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