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やんちゃで自己中だった彼が、部員思いの部長になった【交流分析 for teacher⑧】

高校1年生のころ、J太くんはやんちゃでエゴイストな「ジャイアンみたいなやつ」でした。
友達に自分の荷物を持たせたり、気の弱い子に対して悪ふざけが過ぎたり。その反面、男気あふれる面もあり、一部の子たちからは慕われているような子でした。
J太くんは、小学生のころからクラブチームでずっと続けてきた競技がありました。高校では部活にも入り、その競技に熱心に取り組んでいました。
K山先生は、自分が顧問をしているその部活でJ太くんと出会いました。

K山先生のお話より

「交流分析 for Teacher」シリーズ記事では、学校現場の事例について交流分析を通した解釈を書いています。子どもたちと向き合うためのヒントにしていただけたら幸いです。

この事例は高校の教員の方にうかがったお話です。個人が特定されないよう、設定などは変えてあります。そのうえで、先生ご本人の許可を得て掲載しています。

J太くんの事例

J太くんはその競技の選手としてかなり実力がありました。ジュニア時代の大会では、個人として必ず上位に入るほどでした。しかし感情のコントロールがうまくなく、たとえば試合中に気に入らないことがあると道具に当たったり、わざと荒っぽいプレイをしてしまうこともあります。同級生にやつあたりしてしまうこともあるようです。
先輩には礼儀正しく接しますが、同じ一年生に対しては態度が違います。一年生がやる雑用を、自分でやらずに他の子に押し付けてしまうようなところもありました。
練習試合も「とにかく自分が勝てばいい」という考えしかなく、チームのことは考えていないようでした。自分の出る試合が終わったら、自分のライバルや上手な先輩の試合は見ていましたが、それ以外の時は友達とふざけたり携帯でゲームをしたりして、遊んでいました。

一つ上の学年が引退する少し前、J太くんは次期部長に推薦されました。当時の部長・副部長と顧問のK山先生が話し合って候補を選びます。J太くんはやんちゃでエゴイストな性格ではありましたが、部員をまとめて引っ張っていく素質がありそうでした。
K山先生はある日の練習後にJ太くんを呼び出して話しました。
「次の部長だけどな、J太がいいんじゃないかって話が出てる。推薦は顧問の俺じゃなく、今の部長と副部長だ。あの二人が、次はJ太に部をまとめてほしいと言ってきたんだ。それを聞いて、俺はさすがだな、って思ったよ。あの二人が一年間、部を強くしよう、まとめようと苦心した結果、選んだのがJ太だったから、まあ納得した。断りたいっていうなら他をあたるけど、あの二人がこれまで部をまとめてきた経験を踏まえてJ太を選んだわけだから、その意図は汲んでほしいと思う。」

3年生の引退後、J太くんは部長になりました。
他校との練習試合は、K山先生と部長が相談して計画します。部長になったばかりの頃、J太くんは自分が試合をやって勝つことしか頭になく、K山先生に対して自分が対戦したいライバルがいる学校と「練習試合を組んでください」と言ってきました。

K山先生は「部長としては自己中心的な発想だな…」と思いましたが、そこは深く追及せず、とりあえずは了解しました。その上で「団体戦とかチームのバランスも考えて、もう一校候補を挙げてほしいんだけど、どこがいいと思う?」と聞きました。

練習試合では団体戦で誰が組むか、部長とK山先生が相談して考えます。
ある時、練習試合の前にK山先生はJ太くんに言いました。
「プレイスタイルと人間関係を考慮に入れて、組み合わせを考えて来てみて」
すると彼は、自分なりに考えてK山先生に案を持ってきました。
「AくんとBくんはどちらも実力はあるけれど、組み合わせとしては良くないかもね。試合中に何かあってAくんが腹を立てたら、Bくんではうまく対応できないかもしれない」
K山先生はJ太くんに助言しました。
K山先生とのいろいろなやりとりの中で、J太くんは自分一人のためではなく「部にとって良いことは何か」という意識が増してきたようでした。

K山先生にはその競技の経験はありません。他のスポーツを学生時代から長く続けていましたが、それは全く違うチーム競技でした。
K山先生は前任校では自分の経験のある競技の部の顧問で、技術を教える指導者でもありました。しかし部活にも授業や他の業務にも力を入れてやっていくのは「限界がある」と感じていたので、転任した時に「自分が指導できる部活とは別の部を持たせてください」と希望を出したのです。

K山先生は走ることや体幹の強さには自信があったので、時々部員と一緒にトレーニングをすることもありました。しかし競技そのものを一緒にやることはなかったそうです。その部ではクラブチームからの経験者が多く、技術的に高い子たちばかりだったので、K山先生が入ると邪魔になってしまいそうでした。
技術的なことに関しては、K山先生は素人同然です。だからチームの技術の向上を考えるのは部長の役割でした。練習メニューも部長が考えます。
J太くんはジャイアンみたいなキャラでしたが、もともと面倒見の良いところがあったので、特に初心者から始めた後輩の練習メニューはすごくしっかりと考えていました。上手くなってきた過程で自分が壁に当たった時の話や、「こんなタイミングでコツを掴んだ」という話を後輩にしたりしていました。上手な部員に対しても、しっかりと話を聞き、その上でアドバイスをしていました。K山先生の所にもよく相談に来たし、クラブチームのコーチにも相談したりしていたようです。K山先生自身も競技について勉強したり、見る目を養ったりしていたので、技術的なことで助言を求められた時には応じました。

部長になってからのJ太くんは、主将兼コーチのような立場になりました。
J太くんは勝つためならキツいトレーニングでもサボらないタイプで、部としてのトレーニングも真剣に考えていました。K山先生の学生時代のトレーニングを参考にしてメニューを考えたり、サボりそうな部員に発破をかけたりして、しっかりと運営していました。
たまに「K山先生もやりましょう」「先生に負けたやつはランニング一周追加な!」と言ったりして、うまく部員のモチベーションを上げていました。

K山先生は部員に技術的な指導はしませんでしたが、さりげないフォローには心掛けていました。J太くんの言い方が強くて「今のはショックだっただろうな…」という時や、「最近うまくいっていないな」と思う部員がいた時に、その子に何となく声をかけてそっと輪の中に戻したりしていました。

練習試合を組む時、J太くんはK山先生に「チームとしてレベルアップするためにこの学校と練習試合がしたいです」と言ってくるようになりました。
練習試合では、J太くんは自分の試合が終わってからも、チームメイトの試合を見てアドバイスしたり、はげましたりするようになりました。

強いクラブチームが存在するその地域では、クラブチーム経験者が学校の部活を見下すような雰囲気もありました。そういう中で「自分が勝てばそれでいい」と自己中心的な考えになる子は、J太くんの学年以外にもいたそうです。しかしその部で部長になった子は、自己中心的な態度から脱してチーム全体を見てリードしていくようになるといいます。そしてK山先生が出会った部長の中で、人間的に最も大きな成長を見せたのはJ太くんでした。
強い部活には絶対的な指導者がいるもので、部員はその人の言うとおりにしていれば技術は向上します。しかし部長も指導者の言うことをただ聞くだけになってしまい、「自分で考えて部を動かしていく」という力は身につきません。K山先生の前任校での部活も、K山先生が学生時代に入っていたチームも、どちらかといえばそういう雰囲気でした。
規律を守る事や競技者としてのマインドなどについては、K山先生自身が部員に伝えることもありました。しかし「チームとしてうまくなる、勝てるようになるにはどうしたらいいか?」を考えることは、全て部長に任せました。

当時の部員たちは、卒業してからもK山先生を慕ってくれているようです。K山先生は今は転勤して別の学校にいますが、J太くんも時々連絡をくれます。
K山先生はJ太くんたち歴代の部長をうらやましく思います。メニューから自分たちで考えて、自分たちでチームを動かしていくということを、K山先生は学生時代に経験しませんでした。ただ強くなることを目標にすると、指導者の言うことを聞いて「強制的にやらされる」という感覚にどうしてもなってしまいます。それよりも、「競技を通して人間的に成長するということが価値である」とK山先生は思っています。

K山先生のお話より

この関わりの良さは何でしょう?J太くんが成長できたのは、K山先生の関わりのどこが良かったからなのでしょう。交流分析の視点から解釈してみたいと思います。

J太くんのエゴグラム予想

部長になる前のJ太くんのエゴグラムを想像して描いてみると、こんな風になっているのではないでしょうか。

CPとFCが高く、そこが彼自身も周りも困るポイントだったのかもしれません。K山先生は「最初はやんちゃでエゴイストなジャイアンみたいなヤツだった」と言っていましたが、これは『ドラえもん』に登場するジャイアンのようなエゴグラムです。

ジャイアンなのでイニシャルは「G」かと思いましたが、ほかの記事に「G太さん」という人が登場したので、そちらと重なるのを避けて「J太くん」にしました。

CP(支配的な親の自我状態)のエネルギーの特徴

CPのエネルギーが高い人は、責任感が強くてリーダーに向いています。自分に厳しく、ルールをしっかり守る人で、弱い者の面倒をよくみます。しかし権威的、支配的になりすぎて、人に圧力をかけることもあります。

Controlling Parent
(支配的な親の自我状態)

J太くんの競技の実力は、厳しい練習でも自分を律して頑張ってきた結果得られたものではないかと思います。この点ではCPのエネルギーをうまく活かせていたようですが、別の場面では「友達に自分の荷物を持たせたり、気の弱い子に対して悪ふざけが過ぎたり」していて、そういうところではCPの短所が出てしまっていたようです。
「その反面、男気あふれる面もあり、一部の子たちからは慕われている」という点では、まさに「ジャイアンみたいなやつ」だと言えそうです。

FC(自由な子ども)の自我状態のエネルギーの特徴

FCのエネルギーが高い人は、感情や欲求を自由に表現でき、明るくて楽しい人です。基本的構えは自己肯定的で、自信を持っています。一見伸び伸びとして魅力のある人に見えますが、他人に対する配慮を欠いてしまうこともあります。

Free Child
(自由な子どもの自我状態)

部長になり、その自覚が出てくる前のJ太くんは、FCの短所ばかりが目立っていたようです。それは、たとえば以下のような点です。

・試合中に気に入らないことがあると、道具や部員にやつあたりしていた
・自分の試合かライバルの出る試合しか興味がなくて、その時間以外は友達とふざけたり携帯のゲームをしたりしていた
・部長になったばかりの頃、自分が対戦したいライバルがいる学校と「練習試合を組んでください」とK山先生に言ってきた。

J太くんはたぶん全体にエネルギーの高い子です。「やんちゃでエゴイストなジャイアンみたいなやつ」に見えていたのは、その高いエネルギーが各自我状態の短所として出てしまっていたということです。
K山先生の関わりの良い点は、「エネルギーの配分がより良い形に変わるように仕向けたこと」だと言えます。

テレビアニメよりも映画作品のジャイアンのほうが「いいやつ」ですよね。同じ人物なのにちょっと違ったキャラに見えるのは「物語のプロットの影響を受けてエネルギーの配分のしかたが変わるから」だと言えると思います。

エゴグラム上のエネルギー配分を変える

J太くんの良くない点は、CPの短所とFCの短所ばかりが目立ってしまっている点です。こうした点を変えようとして、CPとFCのエネルギーが下がるようにはたらきかけると、実はうまくいきません。

たとえばJ太くんが、自分が対戦したいライバルがいる学校と「練習試合を組んでください」と言ってきた時、K山先生が「お前はなんで自分のことしか考えてないんだ。部長なら部全体のことを考慮に入れて練習試合を考えろよ」などと言ったとしても、うまくいかないはずです。好ましくない行動に「ストローク」を与えると、その行動が強化されてしまうからです。

このことは別の記事にも書いていますので、良かったら読んでみてください。

K山先生の実際の対応では、このようにうまくスルーしていました。

K山先生は「部長としては自己中心的な発想だな…」と思いましたが、そこは深く追及せず、とりあえずは了解しました。その上で「団体戦とかチームのバランスも考えて、もう一校候補を挙げてほしいんだけど、どこがいいと思う?」と聞きました。

高いところを下げるより、低いところを伸ばすようにする

エゴグラムを変えるポイントは、高いところを下げるのではなく「低いエネルギーを伸ばすようにする」ことです。その人のエネルギーの全体の総量はだいたい決まっています。だから、低いところを高めていけば、高すぎて困っているところは自然に下がっていきます。その結果、エネルギー配分が変わるというわけです。

J太くんの場合はNPとAが低そうなので、そこを変えるとうまくいきます。

A(大人)の自我状態のエネルギーを高める

A(大人)の自我状態は、計画性、合理性、判断力などに関わります。Aのエネルギーが高ければ、感情をコントロールする力や思考力なども高くなります。

Adult(大人・成人の自我状態)

Aのエネルギーは6~9歳ごろから形成されはじめ、その後ずっと形成され続けます。一般に子どもは大人よりも低くなります。J太くんもまだ高校生ですから、Aのエネルギーはこれから高めていくところであるといえます。
K山先生の関わりの中では、たとえば以下のような点がJ太くんのAのエネルギーを高めることにつながっているようです。

・練習試合で団体戦の組み合わせを考える時、「プレイスタイルと人間関係を考慮に入れて、組み合わせを考えて来てみて」と助言した。
・毎日の練習メニューを考えることを部長の役割とし、すべて任せた

Aのエネルギーを高めるために大事なことは「冷静さ」と「客観性」を意識することです。J太くんが特にそれを意識したというよりは、K山先生との関わりのなかで自然とそうなっていったというほうが正しいようです。

K山先生は自身の経験から、「部長が自分で考えて部を動かしていく力」を身につけてほしいと考えていました。J太くんをはじめ、歴代の部長がその思いに応える形で成長を遂げていったようです。
J太くんも、はじめは自分一人のことしか頭にないような感じでしたが、部長になり、K山先生とのいろいろなやりとりを通してしだいに「部にとって良いことは何か」を考える意識が増していったといいます。
この意識は、「合理性、客観性をもってものごとを判断する」というAのエネルギーに支えられたものになっていると思います。

NP(養育的な親の自我状態)のエネルギーを高める

NPのエネルギーが高い人は、他人を認め、思いやりを持って人に接することができます。J太くんにはもともと面倒見の良い側面もあったそうですが、FCのエネルギーのほうが強かったため、自己中心的に見えてしまっていました。部長としての自覚が出てくるまでは、J太くんのNP的な良さはあまり発揮されてこなかったようです。

Nurturing Parent
(養育的な親の自我状態)

しかし部長になったことがきっかけで、NPの長所が外に現れ、そのエネルギーが高まる方向へ変わっていったのだと考えられます。J太くんのNP的な良さは、たとえばこんなところに現れています。

J太くんはジャイアンみたいなキャラでしたが、もともと面倒見の良いところがあったので、特に初心者から始めた後輩の練習メニューはすごくしっかりと考えていました。上手くなってきた過程で自分が壁に当たった時の話や、「こんなタイミングでコツを掴んだ」という話を後輩にしたりしていました。上手な部員に対しても、しっかりと話を聞き、その上でアドバイスをしていました。

CPとFCの良さも持ち合わせている

もともとエネルギーが高すぎて困っていたCPとFCのエネルギーも、陰に隠れてしまったわけではないようです。部長になったJ太くんには、CP的・FC的な良さも見られます。

J太くんは勝つためならキツいトレーニングでもサボらないタイプで、部としてのトレーニングも真剣に考えていました。K山先生の学生時代のトレーニングを参考にしてメニューを考えたり、サボりそうな部員に発破をかけたりして、しっかりと運営していました。
たまに「K山先生もやりましょう」「先生に負けたやつはランニング一周追加な!」と言ったりして、うまく部員のモチベーションを上げていました。

トレーニングに取り組む厳しさ(CP)と、K山先生を部員の目標にさせる工夫(FC)の両方によって、うまく運営できていたようです。

部長になり、成長した後のJ太くんのエゴグラムを予想してみると、たぶんこんな風になっているのではないでしょうか。

NPとAを中心としたなだらかな山型です。部員から見ても、魅力的で頼れる存在に映っていたのではないでしょうか。

彼のもともと持っている良さを損なわず、人間的な成長へと導いた点が、K山先生の関わりの真の成果だと思います。

参考資料
チーム医療『交流分析とエゴグラム』新里里春 水野正憲 桂戴作 杉田峰康著
『自尊感情を育てる「エゴグラムSHE」活用ガイド』TA学校教育心の開発研究所

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「5つの自我状態」「エゴグラム」について、管理人の別アカウント記事に書いています。


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