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【交流分析for Teacher①】生徒が学校に包丁を持ってきた!~問題行動を変える関わり~

「交流分析 for Teacher」シリーズ記事では、学校現場の事例について交流分析を通した解釈を書いています。子どもたちと向き合うためのヒントにしていただけたら幸いです。

この事例は高校の元教員の方にうかがったお話です。個人が特定されないよう、設定などは変えてあります。そのうえで、先生ご本人の許可を得て掲載しています。

H田先生がクラスで朝のショートホームルームをしていると、校門の外で男子生徒がH田先生を呼ぶ声がしました。
「おい、H田、降りてこい!」
と怒鳴っているので様子を見に行くと、生徒が包丁を手にして向かってきました。
「あぶないことするな」
と言ってH田先生は生徒に近づき、包丁を取り上げました。H田先生は武道の心得があり、体も鍛えていました。取り上げる時生徒は少し抵抗しましたが、H田先生が手を握ると動けなくなり、あきらめたようでした。
そしてH田先生は生徒にこう言いました。
「どうしたんや」
すると生徒は、この行動の背景に男女交際に関する苦悩があったということを語りました。

H田先生のお話より

H田先生が問題行動を止められたのはなぜか?

生徒が語った内容は決してほめられた内容ではなかったそうです。それでも「生徒自身の口から言語化して語られた」というところがこの関わりの価値だと言えます。このあと生徒は親と一緒に警察署へ行きました。

この事例から学ぶことのできる生徒指導の知恵とは何でしょう?ポイントは、これから武道を習うことでも、握力を鍛えることでもありません。

交流分析風に言えば「ラケットを(あまり)ストロークしていない」というところが、H田先生の関わりのうまさです。「ラケット」「ストローク」といっても、これはテニスの話ではありません。順番に解説していきましょう。

「ストローク」とは

「ストローク」とは「人の存在や価値を認める言動や働きかけ」のことをいいます。これも交流分析用語です。
ストロークには「プラスのストローク」と「マイナスのストローク」があります。

ストロークとディスカウントについて詳しくはこちらのマガジン記事にまとめています。


生徒指導のポイント!「マイナスのストロークを上手に与える」

「マイナスのストローク」は一見よくない刺激のように見えますが、これも人間関係には必要なものです。
何をやってもほめられて、認められてばかりでは、子どもが社会に適応しにくくなってしまいます。子どもにとって「やってはいけないこと」を周囲の人に教えてもらうこと(マイナスのストロークを与えられること)も大切なことです。

ただし、マイナスのストロークだけをずっと与え続けるとそれは「ディスカウント」(人の存在や価値を否定するはたらきかけ)と同じになってしまいます。そこは注意が必要です。
マイナスのストロークを与える時は、かならずプラスのストロークとセットで与えるのが鉄則です。

「マイナスのストロークの必要性」について詳しくはこちらのマガジン記事にも書いています。


生徒の「本心」と「ラケット行動」

次は「ラケット」について解説していきます。
生徒自身が語っているように「男女交際に苦悩がある」というのが本心です。
それに対して「学校に包丁を持ってくる」「先生に包丁を向ける」のは「ラケット行動」にあたります。

「ラケット感情」と「ラケット行動」

ある感情の代わりに用いられ、本物の感情を覆い隠す感情のことを交流分析用語で「ラケット感情」と言います。子ども時代に本物の感情を表現することを許されない体験をすると、周囲からのストロークを得るために「ラケット感情」を用いるようになることがあります。
「ラケット行動」はその人が「ラケット感情を感じる」という結末に向けて発動し、周囲の人を操作し巻き込みます。しかしその行動は子ども時代の再現に過ぎず、その場の問題解決にとっては不適切なものになります。

詳しくは、以下のマガジン記事でも解説しています。

ラケットをストロークしない

生徒の行動が「ラケット行動」だと思った時、重要なのは「ラケット行動をストロークしない」ということです。
ストロークされた行動は強化されます(子どもはその行動を繰り返すようになります)。それが好ましい行動であれば良いのですが、「ラケット行動」はその場の問題解決にはふさわしくない行動です。そうした行動が強化されてしまうと、子ども自身にとっても周囲にとっても困ったことになります。
しかし子どものことをよく知り、状況をよく見極めなければ、その行動が「ラケット行動かそうでないか」を瞬時に見分けることはできません。

H田先生の関わりの絶妙さ

H田先生の関わりはどうしてうまくいったのでしょうか?
ポイントは以下の二点です。

  • ラケット行動にストロークを与えすぎていない

  • プラスのストロークとマイナスのストロークのさじ加減が絶妙

「学校に包丁を持ってきて先生に向ける」という行動は、彼の悩みに対して何の解決にもなっていません。だからこれは「ラケット行動」です。
この生徒は家庭で「何か要求や意思を伝えたいときは攻撃的になること」を奨励されてきたのかもしれません。
このような生徒の「ラケット行動」に対して、H田先生は手を握り制止しながら「あぶないことするな」とマイナスのストロークで応じています。しかし、深く追及せずにサラっと言って終わっています。

それに対して「本心」のほうには「どうしたんや」とプラスのストロークで応じています。

「どうしたんや」と質問してはいますが、この時点でH田先生にはだいたいのことが分かっていました。その男子生徒の意中の女子生徒がH田先生のクラスの生徒だったからです。女子生徒のほうからも、これまでの経緯は聞いていました。男子生徒は「自分の恋愛がうまくいかないのがH田先生のせいだ」と考え、八つ当たりのようにH田先生に包丁を向けたのです。

相手に興味を持って「尋ねる」こともプラスのストロークにあたります。
H田先生のはたらきかけのおかげで生徒は「攻撃的になる(ラケット感情を表現する)」代わりに「自分の気持ちを自分の言葉で語る」ということができたのです。

男子生徒のその後

彼は退学せずに勉強に励み、決められた単位を取り高校を卒業しました。H田先生は担任ではなかったけれど、彼の勉強を見てあげたりして卒業まで親身に付き合いました。
卒業後は連絡を取ることはなかったけれど、何年後かに別の卒業生から、彼が仕事に就き家庭を持って頑張っていることを聞いたそうです。

H田先生は人に良い影響を強く与える人です。それは生徒も、一緒に働く先生も皆感じることのようです。
最後にこの事例から学べるポイントをまとめます。


「問題行動を変える関わり」のポイント ~H田先生の事例から~

その行動が「ラケット行動かそうでないか」を見分ける
ラケット行動に隠された本心が何か考える
ラケット行動にストロークを与えすぎない
本心のほうにストロークを与える


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