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〚随想〛ユービック

『ユービック』
フィリップ・K・ディックの著書の中、初めて読んだのがこの作品だ。
「ユービック」という作品に対する情報を一切得ないまま、サイエンスフィクションに期待して読み始めた当初、超能力者や反エスパー組織の登場に
ファンタジー色が強い作品なのかと――そう思いきや、物語は予想外の方向へと展開していく。(後述する個人的に危うかった点でも触れてはいるが、やはり何も知らずに読んだほうがいい。うっかりすると面白味が半減してしまう。そしてこの随想も大いにネタバレを含んでいる⋯⋯)

畳みかけるように起こる不可解な現象が「時間の退行」であるとわかった時、なぜそのようなことが起きているのか、誰かが起こしているのか?
と疑問が疑問を呼び、休む間もなく読み進めてしまう。
挙句の果てに「そこ」が現実世界でない可能性が出てくると、その理由を追いかけるため殊更に読む手は止められなくなる。
勘が良ければ、途中からは誰が原因で誰が誰に対抗しているのかという或る程度の察しはつくことだろうと思う。しかしそれでも、最後の締めくくりはなかなか予想できるものではない。
初見では「あの現象」が現実世界にまで浸食してきたのだろうかと漠然と捉えていたが、現実世界と思っているその世界が現実ではないこともあるのではないか? と、解答のない問いが生まれてしまった。

読了後に想像を掻き立てられるのは、本当にその作品を楽しんでいる証拠のような気がする。 しかし実のところ、ユービックでは読んでいる最中には「楽しさ」よりも「恐怖」のほうが上回っていた。
特に恐ろしく感じたのはアルの最期だ。闇の中でジョーの手を撃つ場面で、ジョーと同じくぞっとしたのだ。それがどうしてそんなにも恐ろしく感じたのかはわからない。ただ、虚しい、抗えない恐怖のようなものを感じたのを覚えている。

あらゆる場面で読み手にもたらされる形容しがたい「恐れ」は、言い換えればジョリーによるものだが、このジョリーという、ランシターやジョーから敵側に位置している彼目線での物語も読んでみたいと思えた。いったい彼らをどのように眺めながらどのようにして世界を構築したのだろうか――
考え出したらキリがないが、至る所で想像を巡らせてしまう作品だ。

余談になるが、各能力者名がわくわくさせられるものばかりだった。
死体蘇生屋 リサレクター物体賦活屋アニメーター 念力移動屋 パラキネテイスト――
何とも中二病を司る感覚器がむずむずしてくる気配を感じるのは自分だけだろうか。フィリップ・K・ディックのえがく世界観には毎度ツボを突かれる思いだ。(そして翻訳も素晴らしい)

話は逸れたが、「ユービック」はハードすぎないSFで読みやすく、長くもないのでさらりと読むことができる。先にも述べた通り、やはり無尽に想像力を巡らせられる特異な世界観は唯一無二だろうと思う。

新装版、表紙がかっこいい。

さて、前述した危うかった点だが――
平常ならば、大抵文庫本の裏に記された「あらすじ」に目を通してから読み始めることが多い。しかしこの時はなぜか一度も裏側に関心を示さず読み始め、そして読み終えた。そのいつもと異なる行動のおかげでアウトラインを知ることなく、先の展開を予測しながら読了することができたのだった。
というのも(新装版では変わっているのかもしれないが)1978年刊行の文庫のあらすじには、何が起き、何がキーアイテムで、誰が深く関わっているのかまでもが包み隠さず表記されているのだ。
あとで知って驚いて、安堵して、そしてその大胆さに少し笑ってしまった。

もちろん、展開を知ったうえで楽しみたい場合は問題ない。が、読了後に「真っ新な感覚」でユービックの世界へ飛び込めて良かったと感じている自分にとっては、いつもと異なる行動のおかげでネタバレを回避できたのは運がよかったといえるかもしれない。


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