千の顔を持つ私という話
実体は唯一無二、個性は唯一無比。
つい先日、とある飲み会で知り合った人の会社を訪問した。
その方、大家さん(仮名)は比較的最近入国してきたばかりということだったので、まぁ仕事の話はともかくとして、まずは情報提供ついでにお茶の一杯でも頂きに行こうと思い至ったのだ。
月曜の午前、週次の社内打ち合わせも早々に切り上げて向かった初回訪問は通常よりもかなり肩の力が抜けていたと思う。
お互いの住んでいる場所と生活圏がどうとか、交通事情がどうとか……なにせ向こうは初心者である。いわゆる「ベトナムあるある」ネタから入ったのだが、話が一区切りついたタイミングでそれは唐突に切り出された。
「そういえば、うちの社長が言ってましたよ。
案山子さん、ハノイの若手界隈ではとてつもない有名人らしいって」
―大家さん、会社事務所にて
ちょっと待って。私、御社の社長に会った事は無いはずだし、ここに来たのも初めてなのに。一体どうして急にそんな話が出てくるのか。率直に聞いてみたところ、さらなる衝撃が私を待っていた。
「そうみたいですね?
でも、SNSか何かに上がってる飲み会の集合写真?みたいなやつで、
『これがその"案山子"って人だよ』って教えてもらいましたよ」
―大家さん、会社事務所にて
ちょっと待って(2回目)。何故直接会ったこともない人間が私の顔も知っていて、かつSNSから適当な写真を引っ張って来れるのか。というか、一体どんな紹介をされたのか。こうなると、もう、ツッコミが止まらない。
「私が聞いたのは、90会のみならず色んな飲み会の幹事をしていて、
それ以外の会にもたくさん参加していて、
というかほぼ毎日どこかで飲み歩いてて、
ハノイでめちゃめちゃ顔の広い人って話でしたよ」
―大家さん、会社事務所にて
ちょっと待って(3回目)。事実なのは一部だけで、そこから大分誇張されてしまっているんですが、っていうか、いや、とりあえず、
\誰が5時から男や!/
自分の与り知らないところで私の見た目や人となりが知れ渡っていて、しかもそれが人から人へと伝播していく。
割とよくあることなのかもしれないけれど、だとしても実際に目の当たりにしたのは恐らく人生で初めてだ。ただただ純粋に驚いたけれど、同時に得体の知れない怖さのようなものも感じてしまった。
例えば普段から善人であるように振る舞っていれば、それがそのまま伝播するだろうし、逆に利己的だの排他的だの偏屈だったりすると、それがそのまま伝播してしまうだろう。ただし、必ずしもそうかといえば実際は少しばかり違う。事と次第によっては本来の姿形とは別のものに変容してしまう可能性だってある訳で……少なくとも今回はそちらのパターンだ。
直接出会って「はじめまして」をする前に、予め簡単なプロフィールを把握されている。それは内容の正確性を問わず、何なら行動や性格面までその人の中である程度イメージされていることだって。いわゆる、"第0印象"というやつだろうか?
結局のところ、そうした"得体のしれない怖さ"に立ち向かうには人情派ヤンキー理論くらいしか無いのかもしれない。いかついヤンキーが公共交通機関でお年寄りに席を譲ってたり、捨て犬にパンあげてたりするアレ。周囲が(勝手に)イメージする私の姿と、実際の私の姿との差に良い関心を生み出せたら、どんなに素敵だろうか?
自在に無限に剣を取り出す必要なんてない。
千の刃より徒手空拳が強いと気付くのだから。
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