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結果に囚われてませんか?

「自信がない」の正体は​前提として​
「結果に囚われている」​なんです。​

「もし思うような結果が出なかったら​
その自分を受け入れられない」​
「思うような結果が出なかったら、人から​
バカにされるかもしれない」​みたいな感じですね。

ただ、言っておくと​
もし、そこで欲しい結果を仮に得たとして​
それって自我の欲求を満たすだけのことなので​
瞬間湯沸かし器みたいに一時的な、快楽的な​
自我の喜ぶ、自我を肥え太らせる結果になります。

それって例えば、人と比べて大きな売上、とか​
わかりやすい成功、みたいなものとか​
なんて言うか、自我が優位に感じる​
つまりはマウントの材料に過ぎないわけです。​

それが良いとか悪いって話ではなく​
そんな時も成長のプロセスとしてはあると思うし​
全然OKなんですけど…

でも「いくら稼ぐ」とか​
「学びに○○使ったから回収しないと」みたいな​
ことがゴールになると、相手を人ではなく数字で​
みたりしてしまうでしょ。

そこに捕まると、どうすればその数字作れるか?​
みたいになり、本来、何故それをやりたいと思ったのか?​
起点となる「思い」「熱」から離れてしまうんですよね。

そもそも、それやりたい!という起点となった思いは​
始まりであり終わりであり、なのです。​

なので、自信ないな〜ってなってる時は​
自我の求める結果に囚われてたんだな〜って​
ことに気づき、自分が何故それをやりたいと思ったのか?​
という純粋性に戻れば良いのです。

そして、いまの自分に自信が持てなかったとしても​
実現できるかどうか?には全く影響なくて​
いまの自分は「やる」とだけ決めて​
あとは、未来軸の自分がどうにかしてくれるだろう​
って感じで未来の自分に託せば良いと思います。

それと重要なのは、やりたいことが実現している​
ことをイメージしたとき、そこで自分はどんな感情を​
味わっているのか、それが極めて大事。​

だから、どうやってゴールに辿り着くか?よりも​
すでにそれを体現している自分はどんな感情を​
味わっているか?という臨場感が、時空を超越し​て
実現している未来へ引っ張ってくれる磁力になります。

だから「やる」と決める。​
そして、すでに体現している自分はどんな感情か?​
その感情の先取りをする。​

そして、具体的なアクションをしていく。​

すると「どうやって」は宇宙が采配してくれる。​

こんな風に、純粋性としての想いや​
熱、そして、実現している時の感情を大事に​
夢中、集中していくと、結果的に、欲しい結果も​得られます♡

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