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木村俊介『善き書店員』:書店について話すことは「書店の意味を捉えなおす」プロセス

「趣味は何?」という質問に対して、昔から「音楽と読書」と答えていました。それほど多読ではなく、時として乱読に溺れたい時期が来るものの、気に入った本を読みたいときに読むことが多い。その本はどこで買うかと問われれば、書店で買うと答えます。なぜなら、特定の作家の新刊を買うという目的を果たすためです。時にはTwitterのタイムラインで見かけた本を探しに行ったり、何も決めずに本棚の前に立って物色したりします。

頻繁に足を運ぶのは丸善や有隣堂のような大型書店です。選書や内装で勝負する小さな本屋も興味はあるのですが、僕にとって決定的に欠けているものがあります。本棚の迷宮を歩き回って、あの圧倒的な量の本の中から求める本を抜き取る、そういうことができるかどうか。それが楽しいというよりは、習慣化しているだけのことで、大抵の場合は書店を出る頃に疲労でぐったりしているのですが。それにしても、本棚から受ける圧迫感は独特ですよね。

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ということもあり、書店というのは「本がたくさん置かれていて、買う場所」と認識してきました。特別な思い入れがある場所というよりは、特定の機能を持った場所であり、それ以上のものではなかった。その程度の認識でいたのですが、視点を変えてみると、それまで見えなかったものが目に飛び込んできます。書店とは本が売り買いされる場所に留まらず、そこで考えて動く人がいる、ユニークな、生きた場所だと気づきます。そのきっかけを与えてくれたのが、2013年に刊行された木村俊介さんの『善き書店員』という本です。

『善き書店員』は6人の書店員にフォーカスしたインタビュー集です。本書に登場する方々は、それぞれに異なる環境で異なる考えを持って、本と人に接しています。大型書店に勤めている方もいれば、街角の本屋を切り盛りする方もいるし、あるいはインディペンデントな書店の経営者も含まれています。ここで語られるのは「各人が書店員として何を考えて生きているのか」というシンプルなことです。それぞれの言葉は、それぞれの思いを乗せて、一冊の本に刻み込まれています。それらが語るものは何か。ページをめくり、ひとつひとつの言葉を追いましょう。

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『善き書店員』を読んだのは随分前のことです。思いつくままに感想を書き留めて、ひとつにまとめることはせずにいました。そんなときに、2016年4月から始まったドラマ『重版出来!』を観ました。生瀬勝久が演じる営業部長が、覇気のない部下に向かって静かに、けれども力強く言います。自分たちが売っているのは物だが、届けているのは書店員、人だ、と。確かに人だよね、と首肯しました。その瞬間、『漫画編集者』* という本とともに本書を思い出しました。

改めて『善き書店員』のページを繰ります。書店に勤める人々の言葉に触れ、その行間にある思いを想像してみると、それぞれのでこぼこした話の中に、その人の日常が垣間見えます。本と読者をつなぐインターフェースとして過ごす日々。書店とはただの本を並べる場所ではなく、そこには人がいて、喜怒哀楽や深い思慮があるわけですね。本書に登場する人々が発した思いは、それぞれのフィルターを通して、独自の言葉として紙に印刷されます。

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広島の書店に勤める藤森真琴さんが「本そのものが好きだから本屋にくるという人は、多数派ではないだろう」と語る場面があります。当たり前のように思えますが、言われなければ気づかないことです。書店を訪れる人が揃いも揃って本の虫ならば、Amazonも電子書籍も必要性を失って、そもそも存在すらしていませんよね。本屋は本を買うためのチャンネルのひとつなのですから。また、「自分が好きで『いいな』と思っているだけではない、人に仕事で『本っていいですよ』と伝えられるに足る意味を、どこかで切実に探しています」とも語ります。情報にアクセスできるチャンネルが増え、激しい移り変わりもある中、本でなくてはならない理由が必要になっている。

『善き書店員』では、藤森さんに限らず、それぞれが書店について改めて考え、言葉にしています。それらは新聞記者や評論家のような第三者による分析ではなく、書店員から吐露された言葉であり、書店の本棚から染み出して書店員を媒介して姿を見せたようにも思えます。本書で僕らが目の当たりにするのは、「書店の意味を捉えなおすプロセス」なのだろうと思います。書店の意味は変わりつつある、あるいはすでに変わっているのかもしれません。本書を読む前と後では、書店に足を踏み入れるときの感覚が少し変わるかもな…なんてことを思いました。

* 『漫画編集者』については「『漫画編集者』:5人の漫画編集者にフォーカスした、それぞれの肉声を伝えるインタビュー集」という文章を書きました。『重版出来!』の編集を務める山内菜緒子さんをはじめとして、漫画編集者たちの言葉が記された著作です。

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