見出し画像

木村俊介『漫画編集者』:5人の漫画編集者にフォーカスした、それぞれの肉声を伝えるインタビュー集

現在、『重版出来!』という漫画を原作にしたドラマが放送されています。主演の黒木華を筆頭に、松重豊、オダギリジョー、安田顕、荒川良々、生瀬勝久、坂口健太郎といったユニークな役者がそれぞれの持ち味、あるいはイメージを覆すような演技を見せます。漫画の編集者や書店員にフォーカスした物語は、原作を読んでいなくてもおもしろくて、楽しく観ることができます。松重豊と生瀬勝久の掛け合いが特に好きですね。

ドラマを観ながら思い出したのは『漫画編集者』という本です。漫画を描くのは漫画家ですが、その裏には編集者がいます。作家をサポートし、意見を戦わせ、物語を読者に届けるために奔走する。そうした編集者にスポットライトを当てたのが、木村俊介さんのインタビュー集である『漫画編集者』です。木村さんは糸井重里さんのもとで働いていたことがあり、事務所を離れてからはフリーのインタビュアーとして活動しています。これまでに『物語論』や『善き書店員』といったインタビュー集を著したり、『西尾維新対談集 本題』 の構成を担当したりしました。

***

『漫画編集者』では、5人の編集者が登場します。漫画の編集に携わり、たどってきた道や、その途上で考えていたことが記されています。自己啓発でもハウツーでもない、漫画の編集に携わる人間の姿を浮き彫りにするノンフィクションですね。3時間半から5時間半に及んだインタビュー素材をもとに、ひとりにつきひとつの章を割いて、各人の肉声を伝えています。各章の終わりには、編集者が担当している漫画家による漫画が掲載されており、漫画家から見た編集者をコミカルに描いています。

本書に登場する編集者は、それぞれのカラーを持ちつつも、共通するのはタフであることです。タフだからこそ紆余曲折を経てヒットを飛ばしてきたのだし、フリーで活動している人は生き抜いてこれた。けれども、多くの編集者はおそらくタフではないし、同じような生き方ができるわけでもない。また、本書を読むであろう多くの人々も、きっとそれほどタフじゃない。

だから本書は、読者が簡単に取り込めるような類のもの、すなわち自己啓発でもハウツーでもないのです。どのように受け止めるかについてはヒントすら投げかけていません。換言すれば、読み方は決まっていないので、自由に読むことができます。リアリティのない武勇伝として楽しむか、ひとりの人間がたどった軌跡に触発されるか、あるいは、おもしろい漫画を支える編集者の苦労に共感するか。

答えのない本を読む人は、果たしてどれだけいるのでしょうか。ただ、編集者というニッチな領域にフォーカスしつつも、漫画という話題はポピュラーなので、本書に興味を示す読者は多いと思います。読者が多いほど、受け止め方も増えますよね。広く浅く、ではなく、「広く深く」読まれる本なのかもしれません。読者の数だけ感じるものがある、そうしたマーブル模様を生み出す本なのではないかと思います。

***

印象的だったのは、『重版出来!』の編集を担当する山内菜緒子さんです。彼女の言葉はとても活き活きしていますね。漫画だけでなく、漫画を取り巻く現実的な事柄(ややこしい事態を招くものも含まれる)に対してもポジティブに向き合う方なのだと思います。前向きに考えてアクションを起こしていれば、作家が信頼するのも想像に難くないし、他の人を巻き込みやすくなって、世に出る漫画もいいものになるのでしょう。『重版出来!』の主人公には、山内さんの性格や行動が少なからず反映されているのかもしれません。

山内さんは編集者としての体験から、「苦手でつらいことを歯を食いしばってこなすよりも、自分の得意なことをどんどん伸ばした方がいい」と語ります。その理由は「得意なことを必死に頑張ることで仕事が成功したら、そのぶん相対的に苦手なことが減るから」とのこと。深く深く首肯する言葉ですね。やりたいことをやるのが仕事ではないと思いますが、自分ができることを強みにしていけばウィークポイントをカバーできるようにはなります。あれもこれもできるようにならなきゃ…と思って焦りを感じる必要はないということですね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?