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山本七平『日本人と中国人』

山本七平(イザヤ・ベンダサン)が1970年代に書き連ねていた中国論を、2005年に単行本化したもの。

中国論というよりも、中国に対峙する日本人の歴史を観察することで書かれた日本人論といったほうがいいかも。

300万部売れた『日本人とユダヤ人』よりこっちのほうが強力だと思う。とくに日中戦争を2.26事件の対外バージョンと捉える洞察には度肝を抜かれる。

一つの時代の思想は必ず行動の規範となって残るから、歴史を消せば、自己の行動の規範がなにに由来するか、その本人にも不明になり、基準はただ「そうしないと気がすまぬ」という感情だけになってしまう。そしてそのためにかえってその規範から脱却できず、同じことを繰り返す結果になってしまう。これがいわゆる無思想的人間であろう。

山本七平『日本人と中国人』

・日本人は感情ベースで動く度合いが強い。これを上手く利用し得たのは周恩来。

・徳川家康は日本人の政治家ではじめて外交を意識した人。その特徴は対中では政経分離、対欧州では宗経分離。秀吉の起こした小東亜戦争の後始末をし、平和国家の路線に政治を動かした。

・鎖国とは日本が西欧に対して門戸を閉ざし、中国に門戸を開いた状態。思想の輸入先が中国だけとなり、民衆まで巻き込んだ中国思想ブームが起こる。

・明の滅亡によって日本に亡命してきた朱舜水の影響がきわめて大きい。

・尊王思想は中国思想をアレンジして日本に適用したものである。したがってこの思想にもとづく改革や革命は中国化の試みと捉えることができる。

與那覇潤の『中国化する日本』という本がありますが、あれに類することを山本七平は早くから言ってたんですね。

・中国思想の輸入→楠木正成の英雄化→天皇の皇帝化→天皇の正統化→後醍醐天皇に反した日本人への断罪→朱舜水というルーツの封殺→勤皇思想運動へ

・天皇の皇帝化には日本はつねに失敗しつづけた。明治維新もそう。日本は「幕府」が強い。

これは「未完のファシズム」という問題につながります。

・西郷隆盛とともに尊王思想は野に下り、これがのちの自由民権運動や軍部の動き、そして戦争へとつながっていく。裏切られた革命への批判、明治維新のやり直し。

渡辺京二が『維新の夢』などで指摘したことも、すでに山本七平が先取りしていますね。ただ渡辺は、反政府勢力を肯定的に捉えるロマン的成分が強いですが。

戦前の日本民衆にとって、ヒーローとは西郷隆盛のことでした。西郷や軍部が変わり者の異分子だという見方は、戦後のイデオロギーを過去に投影することで生まれる錯覚であり、当時の日本ではむしろ理性的な政府(天皇含む)のほうが異分子だったんですね。

・明治以降、天皇を含む政治エリートvs尊王思想勢力というわけのわからない構図が発生する。

・尊王思想は皇帝的天皇という内なる純粋理念をベースにしているから、それが現実に存在する天皇勢力と衝突することがありうる。こうして起こった事件が2.26である。

・日中戦争は2.26の対外バージョン。自分たちが理想とする中国という内なる理念があって、それが現実に存在する中国と大いに乖離した。日本はそこで外なる中国(蒋介石=幕府=天皇の君側の奸)を排除して理想に合わせようと試みた。

・日本の文化は辺境の文化、日本の歴史は辺境の歴史であり、その構造はとくにオリジナルなものではない。

・人類に巨大な影響を与える文化は辺境から現れることが多い。エジプトの辺境としてのギリシア、バビロニアの辺境としてのイスラエル、西欧の辺境としてのイギリス。


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