エドマンド・バーク『フランス革命の省察』より「イルミナティについての言及」
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今回はエドマンド・バーク『フランス革命の省察』からの引用とそれについての個人的な考えをお話ししたいと思います。記事中には私個人の偏見や認識の誤りも含まれていると思います。その点のご理解のほど、よろしくお願いいたします。
学問・思想・宗教などについて触れていても、私自身がそれらを正しいと考えているわけではありません。
序文
ここではエドマンド・バークと秘密結社による陰謀について言及したいと思います。以前にもわずかばかり触れましたが、今回は直接資料からの言及となります。
引用文
バークは革命によってあらゆる職能のあらゆる権益に対して、その所有権の不適格性を指摘して、その財産や権益を没収しようとしている働きを秘密結社による陰謀として見ています。これは1790年の時点での話です。バークはこの文章に対して次のような注釈をつけています。
原典ではこうなります。
光教団というのは、イルミナティのことで、ドイツ語ではIlluminatenordenといいます。
1787年にはミュンヘンでイルミナティの陰謀に対する警笛がすでに鳴らされていました。これはすでにイギリスのバークのもとにも周知されており、その後は、ジョン・ロビソンやオーギュスタン・バリュエルなどもフランス革命の文脈でイルミナティの陰謀について言及することになります。
バークによるイルミナティおよびフリーメイソンについての言及はほかの著作にも見られますが、保守主義の起源とされる『フランス革命の省察』でも触れられているということは、保守を自称する人間であるならば、押さえておくべき情報だと思います。
バークの反革命は、体系化された保守思想によって裏打ちされているわけではなく、実際はイルミナティあるいはフリーメイソンといった秘密結社によるフランスを舞台とした陰謀に対して断固として立ち向かったものであり、エドマンド・バークは今日いわれるところの陰謀論という枠組みの中でとらえることができるものだと思います。
感想
1785年にバイエルンのカール・テオドール選帝侯によってイルミナティの会合は禁止されましたが、イルミナティにはアダム・ヴァイスハウプトやアドルフ・クニッゲ以外にも、ブラウンシュヴァイク侯子のフェルディナントや、ヘッセン=カッセルのカールといったドイツ各地に有力者がいました。
フランスのオルレアン公ルイ・フィリップ2世やミラボーなどフランスにも勢力を拡大し、フランス革命に大きな影響を与えたとされています。
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最後に
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