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カイロに好きを託してた頃の話

高校3年生の1月。センター試験が終わって
授業も二次対策がメインになってきていた。
休み時間のあいだも自習をするひとが
増えるなか、タダくんは
「マミヤ〜!今日のカイロ!」
と言って席が離れてるマミヤちゃんに
あったまったカイロを投げてた。

ほぼ毎日。
ほぼ毎日タダくんは自分で家から持ってきたカイロをすぐにはマミヤちゃんに渡さず、ある程度
あたためてからマミヤちゃんにあげてた。

マミヤちゃんのことが好きなんだろうなあ

私だけじゃなくて多分クラスのみんなが
そう思ってた。

もちろんマミヤちゃんの彼氏も。

マミヤちゃんは秋頃から同じクラスの
ヒヤマくんと付き合ってた。
私はもともと2人と仲が良かったから
タダくんとマミヤちゃんが教室内で
いつものように繰り広げるカイロのやりとりを
見て少しだけヒヤマくんを心配してた。

まあでも明らかにタダくんの片思いだし、
カイロあげてるだけだし、
なんて思ってたらある日、ヒヤマくんが
タダくんを呼び出して、

「俺の彼女にカイロあげるのやめて」

と言ったらしい。

この頃にはちょっと私と私の友達の間で
この”カイロ事件”はおもしろくなってきていた。

まず、「俺の彼女にカイロあげるのやめて」
っていうセリフがおもしろすぎる。
そしてよく考えたらきっともう付き合える
ことはないからただ自分の気持ちを
カイロに託してるタダくんが健気すぎる。

しかも、タダくんはその後もマミヤちゃんに
カイロをあげるのをやめなかった。

ヒヤマくんも同じ教室にいるのに、
隠すこともなく、受験真っ只中で静まり返ってる教室のなか、タダくんがいつものように

「マミヤ〜!今日のカイロ!」

と言ってカイロを投げる音が聞こえた。

タダくんすげえなあ

視線はあくまでもたった今終わった物理の
授業のノートに向けたまま呑気にそんなことを思っていたら、聞いたことないタイプの鈍い音が
教室に突然響き渡った。

ドンドンドンドン

教室の左後ろの方を見たらなんと
ヒヤマくんが窓際の席のタダくんの頭を
窓に打ちつけてた。

といってもそういう暴力沙汰なんて無縁の
高校だったからタダくんも全然怪我なんてない
程度だったし、ヒヤマくんもすぐに先生に
連れて行かれてた。

それからヒヤマくんとタダくんは先生たちによる
事情聴取を受け、きっと熱く”カイロ事件”を
お互いの視点から話し、ヒヤマくんは無期限の
謹慎処分をくらい、事情を聞いたタダくんの
お母さんは先生方に向かって「二度と息子に
カイロを持たせません。」と謝っていたらしい。


第三者の私でさえ毎年冬が来てカイロを使うたびにこの”カイロ事件”を思い出してるんだから
きっと当事者の3人もそうなんだろうなあ

そう思うと、タダくんはどうなりたいとか
思わずただカイロをあげてただけだろうけど、
結果として冬がくるたびにマミヤちゃんに
存在を思い出してもらえてるだろうから
羨ましいな、と思う。

どうにもならなかった好きな人に、
毎年目にするもので自分の存在を
思い出してもらえるなんて素敵だ。



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