映画レポ|『マイ・プライベート・アイダホ』未来より今を選ぶ若者たち
屋根のある部屋のあたたかいベッドで眠る。
世界にはそんな普通の幸せを求める人がいる。
今作の主人公は、ストリートで男娼として生きる青年だ。持病を持ちながらも愛を求め懸命に生きる、若きリヴァー・フェニックス演じる切ない青春物語。
ほろ苦い気分に浸りたいときにいかがだろうか。
◼️あらすじ
◼️さまざまな作品に影響を与えた名作映画
『summer of 85』や『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』、アニメであれば『バナナフィッシュ』などさまざまな作品に影響を与えている今作。リヴァー・フェニックス演じるマイクとキアヌ・リーヴス演じるスコットの二人がバイクに乗るシーンはあまりにも有名である。
伝説的な俳優二人による、若く懸命で身勝手な生き様が苦しくも楽しそうにきらめく。顔は笑顔なのになぜか涙が出るときのような、言葉では表せない複雑な感情にさせられる名作だ。
◼️片想いの優しさは甘く苦しい永遠の呪い
緊張すると突然眠りに落ちてしまうナルコレプシーという持病を持つマイクに対し、親友として世話を焼くスコット。マイクは、そんなスコットに密かに想いを寄せていた。帰る家も愛する家族もいないマイクにとって、側にいてくれるスコットへの感情が愛だと知っていたのかどうかもわからない。
そんな二人が旅に出て、焚き火にあたりながら夜を過ごすシーンがある。マイクはそこで、自分がスコットへ抱いている想いを静かに口にする。スコットは彼の言葉に対し拒絶も肯定もせず、「とにかく今夜は一緒に眠ろう」と自分の側にマイクを呼び寄せ、ただ身を寄せ合うのだった。…人の体温はあたたかい。誰かの隣で心から安堵して眠る幸せを、生まれてはじめて味わうマイク。
しかし、それは一時の優しさに過ぎない。また、一度知った幸せを忘れることは難しい。この先マイクに辛いことがあったとき、何度もこの幸せを思い出しては孤独に泣くことになるかもしれない。マイクもスコットも心のどこかでそれをわかっていたのに、今ひとときの幸せを選んだのだ…と、私は思う。若者にとって、“今”ほど大切なものはないはずだから。
◼️生まれながらに持つものと、持たないもの
あらすじにもある通り、スコットは市長の息子だ。彼にとってストリートは“遊び”のひとつで、ストリートしか選択肢のないマイクとはまるで立場が違う。スコットはマイクの想いを知りながらもあっさりと旅で出会った女性と恋に落ち、裕福な家へと帰っていく。若者はいつだって身勝手だ。マイクにとっての幸せは完全に終わりを告げた。
マイクはこの先、ストリートから抜け出すことも、持病が治ることもないまま、いつかどこかで野垂れ死ぬのかもしれない。最後にみる夢はやはりスコットの夢だろうか。見捨てられた男からもらった、愛のように見える優しさを呪いのように抱え続けながら…。
◼️まとめ
正直、観終わってすぐは苦味の強い後味を感じていた。しかし、時間が経つにつれて頭に残るのはマイクとスコットが過ごした楽しい時間。いつの間にか私も、マイクのように過去のきらめきばかりを見つめていた。
この映画を観ると、心の奥に刺さったまま治ることのない痛みを抱えることになる。記憶のなかのマイクが私を見るたび、私は無性に泣きたくなってしまう。
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