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防災の日に思うこと

9月1日は「防災の日」
ただそれだけではなく、「関東大震災が発生した日」でもあります。
関東大震災が起こった地である東京出身の私にとって、9月1日は始業式以上に意味のある日でした。

小学生の頃の「防災の日」

南海トラフ地震がいつか来ると言われているように、小学生の頃は第二の関東大震災が必ず来ると言われていました。

「関東大震災は必ず来る。
70年周期と言われてるから、もういつ来てもおかしくない。」

「関東大震災が起こったときはお昼時で、昼食の準備で火を使ってたから火災が多発した。」

「特に下町地区は家屋が密集していたから、大部分が焼けてしまった。」

伝承を次の世代に語り継ぐかのように、何度も何度も9月1日になると、学校で聞かされてきました。
(これは震災が起こった東京の出身だからなのでしょうか?
それとも、全国的に言われているのでしょうか…?)

学校に行き、給食を食べて、友達と帰ってくる―――9月1日にはそんなごくごく普通の日常はなく、必ず始業式後に防災の日の意味を聞いて、校庭で並んで親が迎えに来たら帰る。
(もしくは年によっては集団下校のときもあった気がします。
20年以上前なので、記憶があやふや…)
始業式や終業式は毎年日付が違うけれど、9月1日は必ず1日も違わずに下校訓練が行われ非日常になる。
だからでしょうか、今でも9月1日はしゃんとした気持ちになります。

今年の9月1日

そんな中迎えた今年の9月1日。
たまたまNHK「おはよう日本」を見ていたら、98年前の震災直後の映像が公開されたことを知ります。

いくつか動画を見てみましたが、98年前の東京の様子が映像として残ってるのが不思議でした。
(しかも意外と綺麗)
ここに出てくる殆どの方は、もうこの世にはいない方々のはずだと思うけど、そういう人がいきいきと動いていることが、不思議な感じがします。

そして様々な建物が倒壊し、焼失し、白黒ではあるけれど、震災がどれだけ大きな影響を与えたのかが分かります。
(浅草寺や靖国神社など、今も観光名所として残る場所も出てきます。)

98年の重み

よく第二次世界大戦を知る世代が減って風化してしまう、なんて言われますが、関東大震災はその比ではないでしょう。
既に98年経っているのですから…
(小学校の頃には「70年くらい前」と言っていた物が、既に98年になるとは…
時の流れを感じます…。)

関東大震災で忘れてはならないのが、被害の大きさや防災の大切さもそうなのですが、朝鮮人大虐殺。
震災の混乱で朝鮮人に対するデマが流れ、そのことにより多くの朝鮮人が命を落としました。
同じような悲劇を繰り返さないよう、関東大震災の記憶も風化させてはいけないのだと思います。

毎年9月1日になると、タイマーが起動するかのように特別な気分になるのですが、今年は上記の動画を見たので、なおさら感じるものがありました。
震災は起きないに越したことはありませんが、万が一のときのために備えておくことは大事。
防災の日の恒例行事、防災グッズの点検を済ませ、今年一年防災グッズを使わなかったことに感謝です。

ちなみに本日の我が家の一幕

私「そう言えば、9/1って何の日か知ってる?」
夫「え、わからん。」
私「防災の日だよ。」
夫「あぁ、知っとるわ。」
私「なんで『防災の日』なのか知ってる?」
夫「知らん。」
私「関東大震災の日だからだよ。」
夫「あー………そうなんや…………知らんかった………。」
私「下校訓練とかしなかった?」
夫「何、それ。」

防災の日に対する意識って、やはり地域差なのでしょうか…?
それとも、たまたま私の出身小学校が郷土教育として力を入れていたのでしょうか………?
教育の賜物なのか、今でも私は毎年9月1日になると、100年近く前に起こった震災に自然と思いを馳せてしまいます。
(ちなみに夫は福岡出身)

真相は分かりませんが、今年も一年、どうか我が家の防災グッズを使うことがありませんように。

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