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桃城武が越前リョーマを殴ったシーンに見る「強さのインフレに置いていかれたもの」の残酷さ


今回は桃城武についての話ですが、彼の印象に残った最後のシーンはアメリカ代表を辞退して戻ってきた越前をぶん殴ったシーンです。
原作だとかなりあっさり目に描かれてますが、アニメ版だと精神崩壊のシーンをカットする代わりに他の人たちのリアクションまで多種多様に描かれていました。
桃城と同じ気持ちでいる者、越前が戦力として戻ってくるのは大きなプラスだから反対はしない者、いろんなリアクションがあったようです。
そこで気付かされたのは「テニスの王子様」「新テニスの王子様」はどこまで行こうと所詮「弱肉強食」=「強者の理屈」で動いているんだなあということ。

桃城や海堂は越前が戻ってきたことで日本だけではなくアメリカにまで迷惑をかけることになるというのはわかりますが、それでもわざわざ殴る必要はなかったはずです
越前だって自分の行動が相当身勝手でわがままなこと位は重々承知ですし、救いだったのは遠山・幸村・木手辺りの「強者」が越前をきちんと庇護してくれたところにあります。
それがなかったらあのシーンは桃城が悪者にされかねないシーンですから、そう思うと思考を切り替えて越前のために偵察に行こうとして精神崩壊したあのシーンがなくなったのは遺憾です。
あのシーンがあってこそ桃城という人となりが伝わるわけであり、アニメだと何だか桃城の個人的感情でぶん殴ったように見えてしまうので、ちょっとそこは頂けなかったかと。

「テニスの王子様」においては基本的に「才能」が物を言うところがあって、「天才じゃない」人間は基本的に戦力外ということになっています。
青学だとそれが如実に現れているのが桃城・乾・河村の3人であり、河村なんて初登場シーンがレギュラージャージじゃなくて体育用の芋ジャーでした。
乾もデータテニスをあれだけ出来ていたにも関わらず天才・越前リョーマとマムシ・海堂薫の引き立て役扱いされてレギュラー落ちという無残な没落を経験したのです。
しかし、乾と河村以上に露骨な引き立て役として旧作でも新テニでも描かれていたのが桃城武であり、ぶっちゃけシングルスとダブルスの双方において戦績は良くありません。

旧作では最初に越前リョーマに足の怪我を見抜かれた上で利き手とは逆の手で相手するというハンデをされていたわけであり、あのままだったら確実に負けていました。
桃城はそこをわからないバカではないため勝負をさっさと損切りしましたが、怪我を負っていたとはいえ初登場シーンが越前リョーマの引き立て役だったわけです。
それでもなぜ読者は桃城に共感したのかというと、桃城は「弱いけど頑張る健気なキャラ」であり、日本人が最も好きな共感タイプのヒーローとして描かれていました。
これ、通常のジャンプ漫画だったら逆で桃城武が主人公で越前リョーマはライバルキャラとして描かれているわけで、ここからしてテニプリは相当に異端な作品です。

ただ、やはり作者と同じ「たけし」という名前をつけてしまった以上、そう簡単に露骨なかませ犬として扱うわけにもいかず、許斐先生も何とか工夫して出番を与えたかったのでしょう。
だからこそ普通なら負けてもおかしくないはずの千石とのシングルスや氷帝での3人でダブルス、六角のパワーダブルス、そして四天宝寺のお笑いダブルスに勝っています。
とはいえ、テニスの個性としては何とも微妙なもので、得意技がダンクスマッシュ・ジャックナイフ・弾丸サーブというパワー系ですから同じパワー特化の河村と被ってしまうわけです。
その河村は大体不二周助や同じパワータイプの石田銀の引き立て役にされていて、何となくテニプリにおいてパワー系=かませ犬という図式が出来上がったのはこの2人のせいでしょう。

そんな前座体質の桃城さんのかませ犬っぷりは新テニでも健在で、いきなり戦った高校生があの鬼十次郎という平等院と並ぶ強者だったのが運の尽きでした。
ここから彼の転落人生は始まったようなもので、せっかく負け組から這い上がってブラックジャックナイフまで習得したのに、選抜には全く選ばれていません
そして更に桃城が新テニで戦力外代表のようになってしまったのは遠山金太郎が桃城の残されたお株を全部奪っていってしまったからなのです。
遠山金太郎は何とも美味しい便利キャラクターで、越前のライバルポジを赤也から、そして鬼の弟子と越前のズッ友ポジを桃城から奪ってしまいました

クールな越前リョーマとは正反対の野性味溢れる明るい熱血漢でポテンシャルは越前以上でオスギ婆さんを師匠に持ち、天衣無縫の極みまで持つ四天宝寺最強のルーキー。
初登場からしてwildというタイトルで3話もかけて描かれたわけであり、もうこの時点で越前の隣にいることが許されるのが桃城ではなく遠山になることは避けられない宿命でした。
そして一球勝負から幸村の五感剥奪とそこからのリベンジ、そして負け組から帰ってきてのリベンジに鬼との戦いでの天衣無縫覚醒と何の付け入る隙もありません。
桃城と赤也が本来なら喉から手が出るほど欲しがった美味しい「越前リョーマと対等の存在」というものを遠山金太郎が奪っていってしまったのです。

そうなると桃城にはもはや「かませ犬」というポジションすら務められなくなってしまい、唯一残されたのが「越前リョーマの先輩」というポジションでした。
しかもあの殴るシーンで桃城は「選ばれなかった側の気持ちを考えたことがあんのか!」と言っていましたが、これは何も今この時だけの感情ではありません。
桃城は氷帝戦前の校内ランキング戦で手塚と乾に惨敗を喫して耐えられなくなり無断で部を3日も休んでいませんし、実は大事な試合に限って出られていないのです。
その大事な試合が地区大会決勝の不動峰戦と全国大会決勝の立海戦、どちらも出られず応援側に回るしかなかったという切ない役割を担っていました。

それも踏まえて考えると、桃城はいわゆる「中途半端に才能があったばかりに強さのインフレに置いていかれた者」だったのかもしれません。
作品だとどうしても乾が哀れに思える印象がありますが、乾はまだその哀れっぷりをギャグにして昇華できるだけマシです、ミスターサタンポジションですから。
これに対して桃城は単純に「リアルに才能がない」という切ないヤムチャポジションで、それにも関わらず「ドーン」とかドヤっているわけです、なんか書いてて憐憫の情が漂ってきますね。
しかし、桃城に限らずテニプリにはそんな「報われない思い」を抱えている人物はいっぱいいるはずです、表に出さないだけで今や見る影もない人物だって沢山います。

そのお陰かネットでも桃城を故意に戦力外として見る風潮が出来ていますが、あのワンシーンはメタ的にも非常に印象的なシーンだったのではないでしょうか。
バトル漫画だとどうしても出てきてしまう「強さのインフレに置いていかれる戦力外」の代表、テニプリにおけるヤムチャポジションとして描かれた桃城武。
越前リョーマとかつては一緒にチャリで仲良しな感じだったのも今や昔、時の流れは残酷なもので海堂共々裏で必死に慰め合っていることでしょう。
そんな桃城武の究極版として現れたのがお頭の腹心である高校生のデューク渡邊、圧倒的なパワーとメンタルケアができる包容力を兼ね備えた最強の存在です。

合掌。

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