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『新テニスの王子様』世界大会編決勝戦S3の勝敗を考察!跡部の勝利が本当に望ましいものなのか?

さて、すっかり更新の方がおろそかになっていた『新テニスの王子様』の記事ですが、10月号でS3に遂に決着がつきましたね。
結果はみなさんご存知の通り、まさかの跡部様大勝利!おめでとうございます!
有終の美を飾ったと言いたいところではありますが、ネットで見てみるとそこまで歓喜されていた感じでもありませんでした。
むしろ「跡部様はてっきり負けると思っていた」との意見も多かったらしく、確かに流れからいえば跡部が負けそうではあったんですよね。

個人的な感想を述べるならば別に跡部様が勝っても良いんですが、勝ち筋がイマイチ納得できないというか、どうもスッキリとカタルシスを得られないままの勝利だった気がしてなりません。
結局のところ跡部様はどこまで行こうと「手塚への執着」を持ち続けたままロミオに勝ってしまったことになるわけで、その辺りの精神的昇華に対してロミオのスタンスのあり方がイマイチだったなと。
どういうことかというと、この跡部様の試合ってよく見ると旧作の全国決勝立海のS3とS2をハイブリッドに組み合わせた形になっていて、最終的に跡部様の執念がロミオを上回った形で勝っています
その意味では真田っぽくもあるのですが、更にそこに「この試合に勝ったらイギリスに留学」という要素は手塚を、そして自分の中にある幻影やトラウマを乗り越えるのは不二の要素を部分的に盛り込んでいるのです。

こうして書いて見ると、許斐先生は幾ら何でも跡部様に盛り過ぎでしょうと思ったのですが、よくよく思い返すと跡部様って旧作の頃から表面上の派手さに反して「テニスをする理由」がいまいち見えなかったキャラでした。
旧作では一貫して「高貴だけれども嫌なヤツ」として描かれていて、リョーマと並ぶ傲岸不遜な俺様キャラとして描かれていて、しかも幼少期に格差に苦しめられたことからインサイトを開眼してきています。
加えて、実家が財閥なので家系の宿命が他のどのキャラよりも強く出ていて、バックボーンがとにかく強固であり、しかも物語を動かすのに何かと便利なのでベジータに近いポジションです。
その上で今回描かれた決定打は何だったかというとやっぱり「母親」の存在であり、彼女が登場したことで跡部様の中で本物の覚悟というか、生きる指針が決まったのだと思います。

キャンセルの予定だったイギリス留学を撤回した上で日本代表の勝利と両方掴み取る、王家に生まれたものだからこそできる「抱えることを強さとする」のを許斐先生は打ち出してきたのでしょう。
「新テニ」が旧作と明らかに違っているのは正にここであり、旧作では一貫して「背負うことが寧ろ呪縛になる」からこその「背負う物からの解放」によって天衣無縫の極みに到達するという図式でした。
それを体現した存在が正に主人公・越前リョーマだったわけで、リョーマは同じ俺様キャラでも跡部様とは違って「背負ったもの=青学の柱を最後に手放す」ことであの高みに到達できたと言えます。
だからこそその対極としている「常勝=全国三連覇」を掲げそれに呪縛されていた幸村精市を解放し、また同時に「青学の柱」に呪縛されていた手塚国光をも救うことができたのです。

それを踏まえた上で、「新テニ」はどうなのかというと天衣無縫の生き方が絶対的なものではなく、あくまでも1つの強さの基準でしかなく、別の生き方も肯定される物語でした
天衣無縫になれなくてもそれに取って代わる阿修羅の神道・零感のテニス・星の聖書・風の攻撃技などのより多様化した概念があり、準決勝戦でそれらは1つの決着を見たといえます。
その中で唯一(?)解決されていなかったのが跡部様とロミオのような「呪縛されることが宿命づけられた人たちはどうなの?」ということであり、実は天衣無縫の対極にいるのは幸村ではなく跡部様だったのではないでしょうか。
リョーマの場合は父も兄も破天荒だったこともあり、「テニスは大好きだけど宿命には縛られない」というものでしたが、跡部様の場合はまず家系の宿命が第一優先で、その次がテニスだったといえます。

今までの跡部様が見落としていたものは正にそれであり、手塚国光へのクソデカ感情のようなものが先行し過ぎて自分の足元が見えていない状態で戦い続けていました。
氷帝テニス部の頂点に立って王政を敷いてもどこかそれが空虚な上滑りのようにも見え、だからこそテニスが純粋に大好きな人たちの集まりである青学に二度も負けたのでしょう。
でもここで疑問なのは「じゃあ跡部様は家系の宿命やら何やらを全部捨てていいのか?」ということであり、それに向き合ったのがロミオとの決勝戦であったといえます。
彼が手塚にドイツ戦のエキシビションでぼろ負けした後にイギリス留学をキャンセルしましたが、その理由はおそらく手塚のように抱えるものを全て捨てて天衣無縫に行きたかったからです。

跡部様はきっと手塚やリョーマのようなごく一部の人間にしか到達できない領域に行きたかったのでしょう、でも跡部様は残念ながら幸村や真田と同じように天衣無縫に選ばれた側ではありません。
それを分かっていたからこその「天衣無縫には対応できない」発言ができたわけですし、ぐるぐると葛藤ばかりを繰り返しては入江に負け続けるという状態が続いていたのです。
テニスよりも先に家系の宿命が来てしまうことを跡部様は「邪魔なもの」「弱さ」だと思っていたのですが、要はそれって「無い物ねだり」でしかなく本質からズレているんですよね。
天衣無縫の生き方はあくまで純粋なテニスを愛する天才であるリョーマ・手塚・金太郎・鬼先輩だからこそ到達できたものであって、跡部様にその生き方はできません。

だから跡部様の精神的支柱であった母親が出て来たあのシーンで自分の本質を見つめ直し、何のために生きるのかという原点に立ち返ることができたのでしょう(こらそこ、マザコンとか言わない)。
あそこで彼は抱えることが決して弱さではなく寧ろ強さであることに気づき、家系の宿命を受け入れることでむしろ強さに変えることができたのです。
それはリョーマや手塚・幸村とは違った跡部様ならではなの「高貴なる者の義務」であって、そこを受け入れて足掻く生き方をついに跡部様は受け入れ肯定しました。
その瞬間に跡部王国を超越した「跡部次元」という先の未来の強さを一時的に自分にかけることに成功し、最後まで諦めずに未来を掴み取らんとする強さへ昇華されたのです。

つまり、このS3でようやく跡部様はカッコつけや見栄ではなく本当に「かっこいい王様」になったわけで、この持って行き方は流石許斐先生だなと思います。
同時にロミオが負けた理由も実はそこにあって、ロミオの場合はそういう家系の宿命から自由になろうとして、跡部のように家系の宿命を抱えて本気で生きる覚悟と決意が足りませんでした
実力的には跡部様もロミオも互角、何なら持っている才能でいうとロミオの方が上なのに跡部様に負けたのは結局のところその辺りの「意識の差」だったといえます。
無限体力を温存していたのは悪くなかったのですが、それを最初に見せてしまったのが悪かったといえますね、切り札はきちんと最後まで隠しておくものです(この辺り、不二やリョーマはめちゃくちゃ駆け引き上手)。

とはいえ、この勝利に完全に納得できたかというと微妙だったのは事実ではあり、なぜかというとやはり跡部様のキャラの強さに比べてロミオがいまいち描き込みが足りていません。
なおかつロミオが本来S2の中学生最強枠だったというのも信じがたい話ではあり、この試合を見る限り跡部様だからこの戦略が通用したものの、他の中学生相手に通用していたかというと微妙です。
少なくとも手塚は心の弱点がない上に持久戦は可能ですし幸村も同じ、リョーマも何だかんだ試合中に劇的な進化を見せるのでこの3人相手だと勝てなかった可能性はあります。
また、決勝には出ていないものの不二も現在のリョーマを圧倒するくらいには強いし駆け引きも上手なので、心理戦も含めてロミオを余裕で食ってしまいそうです。

だから、S2をリョーガに譲って跡部様のちょい上くらいのロミオをS3に配置したのは正解だといえますが、ロミオってビジュアルもテニスも心理戦重視なので数値化できる強さじゃないんですよね。
系統としては忍足や仁王のような老獪なタイプなので、どうしても手塚・幸村のような正統派の力強い感じがなく、また物語としてもロミオの描き込みが不足していた印象は否めません。
この辺り、旧作の決勝立海戦は青学も立海もキャラの強度と物語の格がしっかりしていたので、上手いこと最終決戦のボルテージが上がったのですが、新テニは敢えてその構成を崩しているように見えます。
リョーガとメダノレはともかく、他の連中がどのくらいの強さなのか、ドイツに比べて視覚的な強さが見えにくいので、その辺りもスカッとしたカタルシスが得られにくい要因かもしれません

ただ、跡部様の勝利は良くも悪くもこの先を読めなくしているのは間違いなく、彼が勝ったとなると最悪の場合リョーマか徳川のどちらかが負ける可能性もあります
いずれにしても、この勝利が日本代表にとって吉と出るか凶と出るかは今後の展開も含めて総合的に判断していくことになるでしょう。

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