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オトコとかオンナとか…。性別にまつわる話

とある方のつぶやきnoteがきっかけで、いつか書こうと思っていたお題を引っ張り出してきた。

私が生まれたのは昭和。
バリバリの昭和。
そして片田舎。

男の子の服は青か緑、たまに黒。
女の子の服はピンクか赤、たまにオレンジ。

ゴレンジャーの影響もあり「赤」は男の子が着ても良いふうな認識も、生まれつつはあったが、市民権を得るまでには至らなかった。

私は男の子に憧れる女の子だった。
男の子の、さっぱりした感じとか、すっきりした感じとか、執着が少ない感じとか、いざこざがない感じとか、ねちねちしてない感じとか。
その中に自分も入りたいと切に願っていた。

まいにち女子の悪意を受けて辛い気持ちで過ごしていた幼かった私は「男の子」という概念に、憧れた。

そうして「自分も男の子になりたい。でも、きっとなれない。だったらせめて男の子のふりをしたい」と願うようになった。
思い詰めて思い詰めて、ようやっと母親に「ひとつだけでもいいから男の子の服が欲しい」と懇願したが、一笑に付された。
母親が特に性について偏見のある人間だったわけではなく、その頃は、それが普通だった。
幼いながらに、そりゃそうだよなと諦めた記憶がある。

その後、私は、女性にしては凛々しい顔立ちと、みんなより少し高い身長と、トレードマークのショートカットで、たまに男の子のふりをした。
友だちと疑似デートをしてみたり、学ランで街を歩いたり、女の子に声をかけたり。
でも、その頃にはすでに好きな男の子もいたし、キスもセックスも楽しかったから、自分が女性であることにも満足していた。

さて。
そんな背景もあり。

長男が産まれる前に心に誓ったことがある。
もしもこの身体に宿っている、これから産まれてくる男の子の赤ちゃんが同性愛者だったとして。
成長して「僕の愛する人だ」と男性を連れてきたとしても、その愛を心から喜べるような母親になろう、と。
たかだか二十数年前の、私の性に関する認識なんて、そんなもんだったと思う。

それから20年。
世の中はジェンダーの話で溢れている。

小さなことから大きなことまで色々あるけれど、昭和生まれの私には、正直、いちいち新鮮だ。

小学校の先生が結婚して奥さんの姓を名乗ることも。
中学女子の制服が、オールシーズン、パンツスタイルでもオッケーになったことも。
男子生徒がスカートをはいてニュースになることも。
夢の国で同性同士のカップルがうっとりしながらキスをする場面に立ち会うことも。
ダンスチームの名前に「ガールズ」が付くことが差別的だからチーム名を変えるように要請が来ることも…。

そんなことで?
と驚く方もいるかもしれないが、これが、昭和生まれ片田舎育ちの私の根本にある認識と、現代とのズレだ。

でも、もちろん、驚いた様子は表には出さない。
それを出すことが、世の中のためにならないと思うからだ。

それに、それらのことを不快に思ったことはない。
ただただ、新鮮なだけなのだ。

ある日。
次女がネッ友の話をしていた。
ラインのオープンチャットを自分で立ち上げて仲良しのネッ友30人ぐらいで楽しく遊んでいるらしい。
「管理人だから忙しくてさー」と自慢気に言う娘に心から感心する。「君はリーダーシップがあるし優しいから、グループのまとめ役は向いていると思うよ」と思ったままに口にする。

娘「この前、夜中にネッ友同士が付き合うって話になったらしくて、いまグルチャにカップルがいるんだよー」
私「へー!!!でも、もちろん会ったことは、ないんでしょ?」
娘「そりゃそうだよ。でも、会わなくても好きになれるし、恋人にもなれるでしょ?」
私「そりゃあ、本人同士がそれでいいなら、なれるよね。ところで君は恋人とか欲しいなって思ったりするの?」
娘「いやー、今んとこは、無いかなー」

その数日後
娘「グルチャにカップルがいた話、したでしょ?別れちゃったんだってー」
私「そりゃまたなんで!?」
娘「他の友だちとグルチャで仲良くしてるのみてて、やっぱり違うって思ったらしいよ。」
私「へー…。」
と、ここで、ふと、違和感。
ん?
も、もしかして??
私「ねえねえ、そのカップル、どっちも女の子だった?」
娘「そーだよー。今はフツーだよ。」

ほー…。
フツー…。

なるほどねえ。

昭和の片田舎で育ててきた「私の認識」と。
いまを生きる小学6年生の「次女の認識」と。

違う、フツー。

時代は変わる。

フツーも変わる。

だけれども。
それぞれが幸せに生きられたら、それで良い。

あのとき男の子になれなかったお陰で、私は母親になった。
それは、私にとっては、幸せだった。

でも。
他の誰かには、それは幸せではなかったかもしれない。

色々と思い悩むこともあるかもしれない。
だけど、自分に聞いてみよう。
「ともあれ、いま、幸せ?」
と。

あなたが、いまが幸せならば。
それでいい。

そのためにフツーはぐるぐると変わり続けるのかもしれない。