消しゴムを飛ばした放課後

学生生活。今思えばそれがどんなに尊いものだったのか、詩人ではない僕でも感情的になる。


数学が得意なのに現代文はまったくの守谷。人の心が無いといじられつつも年の離れた妹には優しい。実家が遠く、通学に2時間近くかかっているムッくん。実は学校に隠れてバイトをしている。そして唯一の彼女持ちが祐介。頑なにSNSをやらない。僕は学生生活の大半を彼らと過ごした。

いつも同じメンツで机を並べ、テストが終われば答えを確認し合い、放課後には教室で流行りのスマホゲームをして、学食では好きな女の子に会えるかこっそり期待したりもした。


卒業間近、誰かが消しゴム飛ばしをしたいと言い出した。この歳になってそんなこと、と言って笑ったのを覚えている。思いつきでしか生きていない僕らはもちろん賛同した。

消しゴムを飛ばしながら、こんなの小学校でもやらなかったよな、なんて言った。でもなぜか懐かしくて、前にやったことなんてありもしないのにと不思議に思った。

そのとき僕らにはもうひとつブームがあった。ラジオだ。平成の学生ではあるが、ラジオだ。

ムッくんが(おそらく長い通学中に)ラジオのアプリでたまたま見つけた番組であり、DJともパーソナリティとも言えないようなおじさんがひとりでハガキも読まずに日常を語る、というローカルを極めたような放送が異彩を放っていた。ちなみにおじさんは名乗りもしないので未だに名前も知らなかった。

消しゴム飛ばしの最中も、僕らはそのラジオを聴いていた。その日は珍しくおじさんが曲をかけた。「うちにはレコードがあってさ」と言って流したものだった。

それを聴いた瞬間、僕は気づいた。僕だけじゃない、多分、守谷もムッくんも祐介も同じことを思っている。この生ぬるい生活に終わりが来ること。4人が別の道に歩んでいくこと。消しゴム飛ばしが懐かしいと感じたように今日のこの日も思い出になってしまうということ。

漠然としていたひとつの別れを実感するものだったが、不思議と嫌にはならない心地よさもあった。


それから消しゴム飛ばしがどうやって終わったのかはあまり覚えていないけど、なんとなく卒業までの日を過ごして、悶々として、そんな日の繰り返しだったような気がする。

けれどあの日のレコードの音を僕は未だに忘れていない。

僕ら4人はいつかあのおじさんに会えるのだろうか。







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