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清々しい狂気『毒もみのすきな署長さん(宮沢 賢治著)』#よみもの

宮沢賢治は、1896年8月27日に、現在の岩手県花巻市に生まれた詩人・童話作家。

ふるさとを心の理想郷としてイーハトーブと名づけ、「どっどど どどうど どどうと どどう」、「クラムボンはかぷかぷわらったよ」、「山がうるうるもりあがっている」など、独創的なオノマトペを数多く生みだしている。
正直いってイメージしがたいものもあるけれど、いま当たり前に使われている言葉のなかにも、宮沢賢治の造語があるかもしれない。

いまから120年以上前に生まれ38歳で亡くなるまで、人生のほぼ大半を花巻で過ごし、教育と農業に身をささげたという賢治。
生前は無名に等しく、作品は評価されることがなかったようだ。
時代背景や環境を考えると、なぜこれほどに美しく儚げで、幻想的な詩や物語を紡ぎ出せたのか、作品と同じくらい彼の人物像が気になってしまう。

実は、自分と誕生日が同じなので、あつかましくも親近感を抱いている。
共通項を見出したいという想いもあって、今更ながら注目し始めた作家だ。

今回、その中でもタイトルと表紙の絵のインパクトに惹かれて手に取った一冊について、自分なりの感想をまとめたい。


『毒もみのすきな署長さん』

著者:宮沢賢治
ページ数:40ページ
対象年齢:6歳〜
(子どもにも独特の文体にふれてほしいが、内容は完全に大人向け)

あらすじ

舞台は、4つの川が一つになって流れ込む架空の国プハラ。
この国の第一条(もっとも大事な法律)では、毒もみをして魚をとることが禁止されていました。
毒もみとは、山椒の皮を乾かしたものをもみじの木灰と混ぜ、袋の中に入れて水の中でもみ出すことです。そうすると、毒を飲んだ魚がおなかを上にして浮かび上がってくるのです。
ある夏、プハラの町の警察へ、新しい署長さんがきます。どこかカワウソに似たこの署長さんは毎日丁寧に町を見回っていたのですが、第一条を守らないものが出てきました。川で魚が釣れないばかりか、死んで腐った魚が水に上がってくるのです。
署長さんは川岸を見張りますが、犯人は見つからないばかりか、毒もみの形跡がそこかしこで見つかるようになりました。
そんな中、町の子どもたちは、夜中に黒づくめの男を見かけます。そして、灰を大量に購入していく人物の正体を知り、犯人を見破るのです。

青空文庫で全文が公開されています↓

感想

冒頭にも書いた通り、表紙のインパクトが大きい。
まずは、タイトル。毒もみってなに?と疑問がわく。
その下に目をやると、瞳の小さい三白眼の男性がずらりと並んだ銀歯を見せてニカっと笑っている。
とにかく不気味で、パステルトーンの装丁とのギャップがすごい。

毒もみの犯人は、タイトルからわかるとおり、署長さんだ。
本来は規則を破るものを取り締まる立場の人間が犯人という恐ろしさ。

子どもらの訴えを受けて、真相を問いにきた町長さんに対し、署長さんは何のためらいもなく自分の犯行であると認める。
町長さんの前へぬんっと突き出された顔が、これまた表紙以上に不気味で、ゾクッとさせられる。
口は笑っているのに目は完全にイってしまっていて、町長さんのほうを向きながらも何も見ていないのだ。
いわゆるサイコパスってやつか?

その後、署長さんは処刑されることになった。
うっとりと目を閉じて、安らかな顔をした署長さんが首吊り台の上で発したことばが、さらに狂気を感じさせる。

「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄で毒もみをやるかな。」

青空文庫

そして、このことばをきいた町の人たちの反応。

みんなはすっかり感服しました。

青空文庫

感服ー感心して敬服すること。
善悪をこえた圧倒的な欲望と執着を目の前に、あっぱれと言わざるをえないのだろう。
この狂気は、「清々しい」と形容したほうが適切かもしれない。

宮沢賢治は、この作品でなにを訴えたかったのだろう。
環境保護・動物愛護の観点から菜食主義を貫き、『ビジテリアン大祭』という童話まで書いた賢治。
ただ、ときどきは誘惑に負けて、肉や魚を口にしてしまうこともあり、そのたびに友人へ懺悔の報告をしていたらしい。

大義名分を説いていても、結局のところ本能的な欲求には勝てないと知ったのだろう。
だからこそ、自分を含めた人間の弱さを容認し、禁をおかしたあとにジタバタするのはかっこわるいと伝えるために、この作品を生み出したのかもしれないと想像してしまう。

おまけ

この記事を書くにあたり、調べていてわかったこと。
一度は行ってみたいと思っている大阪・中津にあるカフェ「絵本と珈琲 ペンネンネネム」の店名の由来は、どうやら宮沢賢治の『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』らしい。

摩訶不思議なバケモノの世界を描いた短編童話。
原稿の焼失や不明箇所が多いらしく、結末がわからないらしい。

いつも読んでいただきありがとうございます😃

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