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【実話怪談】大家さん

大学生の時の、アパートの大家さんのお話です。そのアパートは三之町迷路のど真ん中にありました。
三之町迷路とは、学生から『異界に繋がる』と恐れられていた地区です。
ぐちゃぐちゃに入り組んだ道は、1つ間違えると目的地には辿り着けず、迷ってしまいます。
また、『三之町迷路で待ち合わせをしても会えない』など、怪奇談が後を絶たない区域でもありました。

そんなわけで、三之町迷路は学生から畏れられており、『三之町迷路に住む者は三之町迷路に選ばれた者』と噂され、多少なりとも好奇の目で見られていたのです。

大学からも距離があるそのアパートに、私が居を構えた理由はただ1つ。お金です。
家賃が月額16,000円と破格の値段。
更に敷金礼金無し。ボロボロで風呂トイレが共同でも、私には有り難いアパートでした。
アパートの名前は、〈Bコーポ五右衛門(ごえもん)〉。
ネーミングが絶妙にダサく、インパクトがありました。

アパートの大家さんは、〈Bコーポ五右衛門〉の隣にある立派な一軒家に住んでいました。
屋敷に一人住まいのお爺さんで、庭仕事が大好きな方。たまに早朝から庭弄りをする姿が見られ、いつもニコニコと感じの良い好々爺です。
家賃は基本的に手渡しなのですが、部屋番号を書いてお金を入れた封筒をポスティングするだけでもオッケーでした。
いつまでに払う、という規定も特になく、「家賃は遅れても良いし、別に数ヶ月纏めてでも大丈夫ですよ。」と毎回払いに行くたびに笑顔で言われました。
(アパート経営は、金持ちの道楽か税金対策なのかな。)
あまりにもお金にゆるいその態度に、私もたまに支払いを忘れて(あれ、今は何月分まで家賃払ってたっけ?)となり、大家さんに確かめに行くこともありました。
確かめに行くと、大家さんはボロボロのノートを持ってきて、手書きでなぐり書きしたような感じの、文字で埋め尽くされたページを見ながら「え~と……◯月分まで払っているみたいですね。」と教えてくれました。
パッと見た感じ、文字だけのその年季の入ったノートは、達筆すぎて読めないけれど、(なんか、数字が書いてあるようには見えないんだよなぁ。)と不思議に思って、毎度ついつい盗み見てしまいます。
家賃をいつ払ったか、何月分まで払っていないかをメモしてあるにしては、違和感のあるノート。それにいつ見ても同じノートで、ボロボロ。
(案外もうボケていて、家賃についても管理していなくて適当なんじゃないかな。)と思っていました。

Bコーポ五右衛門には、もう一人私とは別の学部の女の子が暮らししています。
それに気が付いたのは1年生の教養教科、英語の講義が始まる前の休み時間です。
「Bコーポ五右衛門!?カトリーヌってそんなダサい名前のアパートに住んでるの?しかも三之町迷路とか怖すぎて俺無理だわ!」秋田出身のアキオくんが大きな声で言っていました。
アキオくんはいかにも大学デビューした感じの男子で、なんかチャラチャラしていて、実際チャラチャラした鎖のアクセサリーを好み、身につけています。
Bコーポ五右衛門の名前が聞こえたこともあり、思わずそちらを見ると、カトリーヌと呼ばれた女の子がうっすら微笑んでいました。
銀髪に、紅い目、白い肌。そして、身に纏うロリータ服がよく似合う女の子。
「そう、無理でよかった。私も貴方のこと無理だから。もう話しかけないでくれる?」
決して大きな声じゃないのに、よく通る凛とした声に視線が釘付けになりました。
「私はカトリーヌじゃなくて、山本ユキ。二度とふざけた名前で呼ばないで。」
迫力のある物言いに、アキオくんはすっかり怖じ気付いて立ち去ります。
山本ユキ。
ユキちゃんは、目立つ子でした。
初対面では外国人としか思えない容姿でしたが、純日本人。先天性色素欠乏症、いわゆるアルビノと呼ばれる疾患を持っていました。

その後は同じアパートということもあり仲良くなったのですが、ユキちゃんからはいつも「貴女は目立つからすぐわかって助かる。」と言われました。アルビノ特有の弱視をユキちゃんは抱えていたのです。
目の前の相手が咄嗟に誰だかわからない不安。
それは相貌失認症の私も同じでした。
「私も、ユキちゃんはすぐわかるから、助かるよ。」そう言いながら、いつも不思議だったのは(私って目立たないタイプだと思うけど……。)ということ。
特に奇抜なファッションでもないし、背の高さも普通。目立つ要素はどこにもありません。それでもユキちゃんは、「貴女のことは遠くに居てもすぐにわかるよ。」と言いました。

ある日。

「そういえば、大家さんって歌手だったんだよね?」
ユキちゃんの言葉に、私は驚きました。
「え、あのおじいちゃんが?」と言うと、ユキちゃんは「おじいちゃん?失礼じゃない、彼はまだ若いでしょう。」と言うのです。
それからユキちゃんと大家さんについて色々話す中で、数々の食い違いがあることに気が付きました。
ユキちゃんが持つ大家さんのイメージは、40代半ばくらいの男性。昔歌手をやっていた元有名人。家賃を払いに行くと、必ず家に居て、他に誰かが一緒に住んでいる気配は感じられない。
「大家さんの家でお爺さんなんか見たこと無いよ……なんで歌手って知らないの?あんなに毎回会う度にアピールしてくるのに。」
ユキちゃんが言うには、大家さんは家賃を払いに行くと必ず昔話を始めて、昔活躍していた頃の音楽雑誌を見せてくるのだそうだ。そこには確かに若かりし頃の大家さんが載っていて、雑誌は1冊だけではなく毎回変わるらしい。
歌手として様々な歌も出していたようで、たまに歌も聴かせてくれるとか……。
あまりに2人で大家さんのイメージが食い違うので、「じゃあ、今度一緒に家賃を払いに行こうか。」となりました。

家賃を払いに行く日。
2人で待ち合わせして、大家さんの家に向かいます。夕暮れ時で、確か季節は秋だったと思います。大家さんの庭には、立派な柿が実っていました。
インターホンを鳴らすと、「はい、今行きます!」と女性の声がしました。
思わずユキちゃんと顔を見合わせます。
大家さんの家で女性なんて、見たことが無かったのです。
「娘さんかな……?」と、ユキちゃんが言います。出てきたのは、30代前半ぐらいの元気の良い女性でした。古風なデザインのワンピースがよく似合っています。
「あの、家賃を払いに来たのですが、大家さんはいらっしゃいますか?」と私が言うと、「まあ、そうなの。2人共、学生さん?ありがとう。上がってお茶でも飲んでいってちょうだい。お金は私が預かるわ。」
早口にそう言って、「そこの部屋のテーブルに座って待っていて。今お茶を用意するわね。」と、足早に去っていきます。

意外な展開に戸惑いつつ、ユキちゃんと一緒にお邪魔します。
「普通に考えて、あれが大家さんの娘さんで……娘さんがいるとしたら、お爺さんもいるのかもしれないね。今まで全く見たこと無いけど。」
ユキちゃんの言葉を聞きながら、ざわり、と嫌な感じがしました。何故だか酷く、居心地が悪いのです。
家賃の封筒をテーブルの上に置き、このまま帰りたいような気持ちになっていました。
ユキちゃんは平気な顔をしていたので、以前にもこうして家に上がったことがあったのかと思いました。
(そういえば、音楽雑誌を見せてもらったって、言ってたな。)
ふと、テーブルの端に音楽雑誌が置いてあるのが目に入ります。
「ああ、ほらアレだよ。例の雑誌。」
と、ユキちゃんも気が付いたようです。
言うなり躊躇することなく、ユキちゃんは雑誌を手に取りました。そしてページを開いて私に見せてきます。確かに、写真は載っていました。でも、なんだかずいぶんと古風な感じです。
ファッションも、文字のレタリングも。
文字が好きな私は、思わず写真よりも文字に目がいきます。文字を目で追いながら、とある文面で私は息を呑みました。
ユキちゃんから雑誌を取り上げてめくります。
確認したくて。
だって、これ。

「あら、その雑誌、お好きなの?」

お盆の上にお茶とお茶菓子を乗せて、女性が戻ってきました。

「ふふ、そこにね、私の息子が載っているの。」

女性が微笑みます。

「え?」とユキちゃんが言うのを遮り、「すみません!帰ります!私今すぐアルバイト行かなきゃならなかったんだ!ユキちゃんも一緒に帰ろう!」と、手を引っ張りました。
私の様子にただならぬものを感じたのか、ユキちゃんも「すみません、用事があって。」と大人しくついてきてくれました。

「あら、残念。またいらしてね。」

微笑む女性の背後に、私は目が釘付けになっていました。

家具と、家具のわずかな隙間に。



大家さんが、いる。


こちらを見ている。


一体いつから?


いや、大家さんがいるって何だよ。


明らかに入れる隙間じゃないだろうが。馬鹿か。

自分に突っ込みを入れながら、踵を返してユキちゃんの手を引き玄関へ走ります。
頭の中では、危険信号。
(これから家賃は、ポスティング一択だな。)
パニックを通り越して冷静にそんなことを思いながら。
大家さんの家を後にしました。

「ちょっと待って、どうしたの?」
家を出てからもしばらく無言で早歩きの私に、ユキちゃんが言います。
「ごめん。ほんとにお茶をゆっくり飲んでる時間が無くて。あ、家賃は後でポスティングしよう。」私が言うと、ユキちゃんは不思議そうな顔をしました。
「え、さっき玄関で払ったよ?」
「え……?」
「いや、ほら、出る時に居たじゃん。いつもの大家さん。だから私、挨拶してお金渡してたでしょう。なのにスルーして慌てて先に出て行っちゃってさぁ。」
……もう、突っ込む気力も湧きません。
「あ、うん、ごめんね?」
とりあえず謝って、その場は解散しました。
(ユキちゃんは、弱視だから見えないんだな、色々。)
あの時大家さんの家で感じた違和感。
何もかもが古い。
家具も、食器も。
なにより雑誌は……あり得ないほど古かった。
書いてある内容を思い出そうとして、私はゾッとします。あんなにちゃんと見て、あんなに衝撃を受けたのに。
(嘘でしょ。何一つ思い出せない。)
一瞬パニックになりかけて、すぐに思い直します。
(忘れよう……全部夢だったことにしよう。)
家賃16,000円。
苦学生の私は、ここに住む他に生きる道がありません。
きっと、ユキちゃんだってそうだろう。
だからユキちゃんにも余計なことは言わない。
固く心に誓って、この記憶はすべて胸にしまったのでした。

これは私の実話です。

三之町迷路が出てくるお話は以下にもあります。
興味のある方、どうぞ。


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