20240214 恋

恋というほど大仰なものではないけれども、それに似た経験というものは人並みにあるつもりだ。そして、その中でもひとつの恋はいつも映画館を思い出させる。

どこの映画館だったのか、何の映画を見たのかさえも全く覚えていない。横に座った彼女が少しかがんだり、小さなバッグから何かを取り出したり、髪の毛を触ったりするたびに心臓が激しく締めつけられた。香水だったのかシャンプーの香りだったのかはよく分からない。彼女から溢れ出したその香りは高波となって何度も何度も胸に打ち寄せてきた。その度に息もできないほど心臓が激しく締めつけられ、頭は真っ白になった。

不思議なことに、彼女に関する記憶はその瞬間しか残っていない。まるで断片的な夢の出来事のひとつのようだ。だが、間違いなく自分は"生きていた"と証明できる瞬間であったことは確かだ。


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