20240208 とあるレースその2

走っている。しかし、もうそれは自身の走っているという思い込みに過ぎず、端から見れば歩いているのか走っているのかよく分からない動きに成り果てていた。

すっかり辺りは暗くなっており、ヘッドライトによって照らし出された円形の白っぽい空間の変化だけが、確かに走っているという自信を与えてくれる。

前後に他の選手の気配はない。先頭を走っていたという記憶があるが、あれからどうなってしまったのだろうか。慌てて身体を弄ると、あった!確かにゼッケンをつけている。

激しい登りで呼吸が乱れる。キンキンに冷えきった山の空気を肺に取り込むと痛みを感じるほどだ。肩に食い込む荷物が重力に逆らうことを激しく妨げる。こんな荷物背負って一体何のレースに出てるんや。だが意外にも取り乱すことはない。記憶との大きな乖離は時として妙に冷静さを保たさせるものだ。こうなったらとことん付き合ってやろう。奥底にくすぶっていた火種がボワッと燃え上がったと思うと、信じられないほどの力が湧き立ってきた。

「いいね。その調子だよ。」

「なんだいその表情は。こう見えていつだってキミの味方なんだからたまには信用くらいしてほしいな。ところで…」

「キミは、いや、キミたちは飢えた獣のように見えるけど一体何をそんなに渇望しているんだい。」

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