20231019 対話 海中編6(終)

「ただの作業なのさ。」

その言葉だけが残響する。軽い目眩で思わずしゃがみこんでしまった。ぐわんぐわんぐわんぐわん。あれ、これは。目を開けると、手の上で水が少しずつ形を変えている。どうやら目眩ではなく周囲の海水が動いているらしい。その動きは次第に大きな渦となり、下層へ向かってゆっくりと流れ始める。

「あぁ、もう少しキミと話したかったのにな。しばらくお別れだね。あぁこれかい。大丈夫。特に心配することはないさ。言っただろう、ここはキミの意識の投影だって。初めから何も無いんだけど、キミの(もちろんキミというのはキミ自身のことではないことは知っているよね。)意識が構築しているだけのことさ。」

「あ、そうだ!」

そう言うと、まるで発煙筒を焚いた時のようにあたりが一瞬赤く染まった。そして渦の流れが激しくなるに従って、ゴーという海水音も徐々に大きくなり始める。

「そうそう、大事なことを言い忘れていたよ。」

「作業という言葉に決して惑わされてはいけないんだ。確かにただの作業だ。それは間違いない。その言葉が一番シンプルかつ妥当だと思ったから使ったまでさ。でもその言葉の表層だけを見てはいけないんだ。もっとその奥深くにあるもの。ある意味では、キミたちの言うところの、そうだな・・・」

上から差し込む半透明の光が渦の動きに合わせて激しく揺れている。

「音楽。」

「そう、音楽なんだ!」

パチンと指を鳴らす。

「ムジカなんだ。もうキミなら分かるだろ。これは諦めでも希望でもないのさ。キミはその交響・・における役割のひ・・に過ぎないんだ。そこに意味・・・的は何も・・・してなんかいないんだ。・・・であって、それは決して誰に・・止め・・・・いのさ。」

海水音は大音響となってあたりを埋め尽くし、もはやうまく聞き取ることができない。

「キミはそこに・・・を見つけ・・・・。だから、だい・・・・。そうさ、とにかく全・・・・生を・・・・するんだ。そう・・ばいつ・・・・


そこで白い光に包まれた。


今日も河川敷を走っている。

対話 海中編
<終>





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